君への轍
何を言っても、師匠には敵わない。

薫は苦笑して、ため息をついた。

「師匠をご自宅に送り届けたら、俺、京都に行くんですよ。……昨日からずっと運転してる気ぃしますわ。大垣から京都、京都から奈良、奈良から東京、東京から奈良、奈良から京都往復……。」

「……前、ゆーてた女か。ヤッたんけ?どやった?」

泉の下世話な質問に、薫は脱力した。

「……してませんよ。……とてもそんな状況じゃないです。彼女、身体が弱いとは聞いてましたが……何か、俺が思ってた以上に、大変そうで……。命に関わる、進行性の、難病……らしいです。」

抑揚のない薫の言葉に、泉を深刻さを察知した。

だからと言って、月並みな励ましをする泉ではないが……。

「早死にする病気なんけ?……ほな、さっさと結婚せえや。期限あるんやったら、もと取るまでヤリまくらな。」

「……。」

なかなかの言いぐさだが、薫には泉の言葉の奥に、温かい思いやりが伝わってきた。


確かに、いつまであけりが元気でいられるのか……保証はない……。

てゆーか、そもそも、血を吐いてるような子とヤリまくれるとも思わないが……少なくとも、家族としてそばにいることができるなら……生活上の些細なことも、精神的にも支えてあげられるだろう。


「まあ、健康でも離婚して逢わんくなったら死んだも同じや。むしろ、仲ええ状態で死んでくれたほうが、エエ思い出になるんちゃう?……お前やったら、最期まで看取ってやるやろし。供養もしてやるやろし。そのほうがええやん。……しばらくしたら、若い後妻もらえるで。」

「師匠……。彼女が死ぬ前提でしゃべらんといてくださいよ……。」


さすがに引きつって、薫はそう窘めた。

でも泉は、いけしゃあしゃあと続けた。

「ある日突然、嫁と子供に出て行かれるより、ずっといいやんけ。覚悟もできるし、心置きなく世話したれるやん。」

「そんなペットじゃないんやから……あ……。」

薫ははたと気づいた。


そうだ。


「師匠、2回離婚してるんですもんね。2回とも?愛想尽かされて出て行かれちゃったんですか?」


薫は初めて、泉に離婚の経緯を尋ねた。

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