君への轍
泉は、プライベートのことは、他人にほとんど話さない。

ヒトのことは根掘り葉掘り聞きたがるくせに、自分は何も言わずに、いつの間にか結婚したり離婚したりしている。

結婚という、親類縁者や社会制度を巻き込んでいるはずの人生の一大イベントですらそんな具合なので、ましてやその時々の彼女や愛人事情は全く見当もつかない。

……というより、泉自身すら、一夜限りの遊びなのか、つきあってるのかを判別していないし、気にしてない……。

逢いたければまた逢うし、興味を失えばそれっきり。

薫がそれなりの期間つきあっていた彼女を持って行ってしまっても、一度で捨ててしまう男だ。



でも、今の言い方……。

師匠があまりにも家庭を顧みないので、最終的には捨てられたのは師匠のほうだったりしたのだろうか。

まあ、それすら自業自得だとは思うが……。



泉は、しばしの沈黙の後、口を開いた。

「2回ともじゃないけどな。……しょーもないこと、聞くなや。」


やっぱり言いたくないらしい。


薫は頬を膨らませて抗議した。

「ずるいですよ。俺、師匠のこと、なんも知らないんですから。……いいじゃないですか。昔の話でしょ?ちょっとぐらい教えてくださいよ。誰にも言いませんから。」


昨日からずいぶんと長い距離を走っている薫は、さすがに運転に飽きていたし、疲れていた。

弟子の目の下の隈を、多少は哀れに思ったのだろうか……泉は珍しく重い口を開いた……これ以上ない軽い口ぶりで。


「俺が妻子を捨てて一緒になった女に、2年後に俺が捨てられたんや。」


そして、自嘲的に笑って、言葉を継いだ。


「競走から帰ったら、もぬけの殻やったわ。次の日に、離婚届持って弁護士が来よったわ。」


「……因果応報……ですか……。」

薫のつぶやきに、泉は顔をしかめた。

「アホか。たまたまやっちゅうねん。アホな女やってんろ。……今の嫁もアホな女でめんどくさいけど、執念深いんだけが取り柄やな。」

「……今の奥さん、できたヒトやと思いますよ……。師匠がどれだけ浮気しても、我慢して……。」

「俺やなくて、金に執念深いだけや。」


最後の言葉は、泉なりの照れ隠しだということが、薫にはわかった。


……このめんどくさい師匠と結婚生活を継続できてるってだけでも、すごいと思うよ……マジで……。

薫はそんな本音を飲み込んだ。
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