君への轍
あけりは少し逡巡して……少し待ってみることにした。

近くの自販機でジュースを買うと、近くに座って、教科書を開いた。

中間テストまであと1週間とちょっと。

あけりの成績がいいのは、もともと頭がいいことより、真面目にコツコツ勉強する性質なことが大きい。

特に、病気に罹り、自転車に乗れなくなってからは、時間もたっぷりある。

学校の成績がいいことなんて、生きて行くのにあまり役に立たないけれど……少なくとも、学生の間はアイデンティティとなった。



「……やあ。」

ためらいがちに、背後から声をかけられた。


この声……。

振り返ると、吉永拓也が、あけりの顔を覗き込むように屈んでいた。

「あ……こんにちは。」

あけりはクールにそう挨拶した。

吉永は、拍子抜けしたように、息をついた。

「……こんなところで、何してるん?……帰らへんの?」

そう尋ねながら、吉永は図々しく、あけりの横に座った。

あけりは、心持ち身をよじり、吉永から距離を取りつつ言った。

「帰ります。……迎えに来てくださった薫さんが……目を覚まされたら……。」

「へ?」

あけりは黒いエルグランドを指さした。

薫は、窓ガラスに額をくっつけて爆睡していた。

「起こさへんの?」

吉永にそう尋ねられ、あけりはなるべく淡々と答えた。

「お疲れのようなので。」

「ふう……ん。……そういうところ、似てるわ。彼女に。……気ぃ回し過ぎ。」

そう言って、吉永は頭を掻いた

「や。ごめん。批判するつもりはないんや。……男は、アホやから……見えへんとこじゃなくて……わかりやすくアピールしたほうがいいで。」


何のアドバイスなんだか。

あけりは憮然として口を引き結んだ。


吉永は、所在なく両手を組み、しばらくあけりの側に座っていたが……間が持たないらしく、諦めて立ち上がった。

「行くわ。公務で来てん。……もう帰ったかと諦めてたけど……会えてうれしかった。元気で。」


すっくと立ち上がった吉永に、……あけりは咄嗟に言っていた。

「適当な励ましとか、虫唾が走るわ。」

無意識に、ずいぶんな毒を吐いていた。
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