君への轍
……しまった……。


あけりは顔を背けて……そのまま言った。


「すみません。言い過ぎました。」

「……もしかして……身体……悪いんか?こないだもしんどそうやったけど……」

吉永は、遠慮がちにそう尋ねた。

あけりは唇を噛んで、首を横に振った。

詳しいことは言いたくなかった。


しばらくして、吉永がため息をついたのが聞こえた。

「……堪忍。」

そう言って、吉永は踵を返した。


程なく、薫の携帯電話が鳴った。

跳ね上がるように、薫は目覚めた。

慌てて電話に出ようとしたが、すぐに切れてしまった。


着信履歴は……吉永拓也。

げ!

時間……やばっ!

あけりちゃん、もう帰っちゃったか!?

キョロキョロすると、すぐそばにあけりが座ってこっちを見ていて……その向こうに、吉永が突っ立って薫に向かってひらひらと手を振っていた。

薫は慌てて、シートベルトをはずして、外に出た。


「吉永さん、今、電話……。」

「なんも。起こしただけや。……彼女が待ってたから。」

「……余計なことを……。」

思わずあけりが低く呻いた。


吉永は、肩をすくめて、それから薫に会釈して立ち去った。


薫は深々と頭を下げてから、あけりに手を差し伸べた。

「ごめんな。待っててくれたんや。」

「……何か、しんどそうやったから……。やつれてるし……髭はえてるし……」

ああ……と、薫は自分の顔を撫でた。

「ほんまや。そういえば剃ってへんわ。ごめんごめん。師匠を迎えに行って来てんわ。」

「え……。夕べ、あれから?東京まで往復したの?……薫さん……寝た?」


どれだけ薫の身体が頑丈でたくましくっても、生身の人間だ。

睡眠不足ではつらいだろう。


薫は頭を掻いた。

「や。寝てる寝てる。途中のサービスエリアで何回も仮眠とったし、大丈夫やで。」

「……そんなん、大丈夫って言いませんよ。今日は早めに帰って、ちゃんとベッドで眠ってくださいね。明日もまだ暗いうちから練習されるんでしょ?」

あけりはちょっと頬を膨らませて、そう文句を言った。


……心配してくれてるのか……。

怒られてるのに、薫はうれしくなって……


「ありがと。なあ、あけりちゃん。……結婚せえへん?」

と、かなり色んなものを一足飛びに飛び越えて、プロポーズしてしまった。
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