君への轍
薫は全くふざけていなかった。

真剣そのもののまなざしが、あけりを捕らえて離さない。


敢えて、あけりは自嘲的に笑った。

「……1年後、生きてる保証もないものね。」


あけりの言葉に、薫は傷ついたような瞳になった。


……もう……。

そんな顔しないで……。


自分で放った言葉の威力が大きすぎて……あけり自身も被弾してしまった。



2人とも押し黙って……どちらからともなく寄り添った。

……ただそれだけで、ささくれだった心が凪いでくる……。



しばらくしてから、あけりはつぶやくように言った。

「……薫さんの気持ちは、うれしい。私も、一緒に居たい。……でも……結婚って、当事者同士の気持ちだけでするものじゃないでしょ?……私の体のことを知ったら……薫さんのご両親や、ご親戚は、反対しはると思う。……もし、表だって、反対しはらへんかったとしても、すごく心配しはると思う。……お友達も……お仲間も…………も……。」


薫は、あけりの手をそっと握った。

「反対されたら説得する。心配されても、安心してもらえるように頑張る。俺を信じて、前向きに考えてほしい。」


……揺るがない……。

どこまでも、前向きで健全な薫に、あけりは苦笑して、うなずいた。


薫の表情がぱっと明るくなった。

「やった!じゃ、あけりちゃんは嫌じゃないんやね!?……よし!もう、俺、何も怖いモン、ないし!師匠も、結婚しろゆーてたし……いっそ、京都に移籍しちゃおっかな。」


え……。

師匠って……しょーりさん……え……!?

「……私のこと……既に……おっしゃったんですか?」


あけりの様相が変わった。

初めて見る切迫したあけりに、薫は違和感を覚えた。


「いや……あ……そんなには……えーと……」

「おっしゃったんですか?」

あけりはより低い声で、ゆっくり、ハッキリ繰り返した。


こ……こわい……。

薫は息を飲んで、あけりの強張った顔を見つめた。


……あ……これ……

「ゆうべの、あけりちゃんママと同じ顔してる……。」


薫の指摘に、あけりは本気で嫌そうに顔をしかめた。
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