君への轍
実際、薫が競輪選手だと聞いた時、母のあいりが強張っているのを、あけりも見た。


結局、あいりもあけりも、泉との1年間を昇華できていない。

あいりは、自ら飛び出した罪悪感を抱えている……たとえ泉の遊びや浮気、冷酷さが原因だとしても。

あけりは、初めて家族として一緒に暮らした男性が強烈すぎる泉だったため……初恋をこじらせてしまった。



……ああ、そうか……。

初恋なんだ……。


あけりは、自分の心の中の泉の位置が、いつの間にか変わっていることを改めて自覚した。


一番大好きな、忘れられないヒト、じゃないんだ……。

大好きだし、大切なヒトであることは、これからも変わらないかもしれない。

でも一番大好きな……心のど真ん中に居るのは……


あけりは、薫をじっと見つめた。

西の空が夕焼けであかね色に染まっている。

やや逆光なのに……あけりには、まるで薫自身のお顔から発光しているかのように、薫が眩しく見えた。



……不意に昨日のレースを思い出した。

勝つための手段として、薫にとって一番簡単なはずの捲りを打たず、敢えて先行して逃げ切って優勝した薫は……世界一かっこよかった……。


やっぱり、私……薫さんのレースが好きだ。

しょーりさんを引っ張ってなくても……、薫さん単体で、ちゃんと、好きだ……。



「……あ、ごめん。眩しい?」

真横からぐりんと身体を捻って、あけりの顔を覗き込んでいた薫は、慌ててまっすぐ座り直した。

単に、夕日の逆光が眩しいと思ったようだ。


あけりは、微妙に首を横に振って……ついと膝を詰めて、身体をねじって薫のほうを見た。

「薫さん。……ママの態度……やっぱり気になりましたよね?……ごめんなさい。」

「いや。別に。……馴れてるから。」

薫は、特に傷ついた様子もなく、そう言ってから、あけりの手を取った。

「競輪選手って、プロスポーツ選手って言うよりは、ギャンブルの駒?……日本ではあんまり評判よくないからね。これが欧米だと社会的地位、けっこう高いんだけどね。……ごめん。あけりちゃんも、俺といると嫌な想いすることもあると思う。でも!……それ以上に、幸せにするから。」

……本気だ。

薫さん、本気で言ってる……。

あけりの胸がドキドキと賑やかに鼓動する。


私も……本気で、応えたい。

ちゃんと、好きだって気持ちを伝えて……それから……ママとしょーりさんのことも……言わなきゃ……。
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