君への轍
あけりは、意を決して、言った。

「ありがとう。あのね!あの……ママは……競輪選手に対する偏見があるんじゃなくて……」

「あ……そっか。あけりちゃん、ピストに乗ってたんやもんなあ。お母さん、競技には理解あるんや。……近くに競輪選手、いらっしゃったの?」

薫は、思い出したように、そう言った。


あけりは、息をふーっと吐いて、力なくうなずいた。


……何だか、気が削がれたというか……。

結局、あけりは、言いそびれてしまった。


今まで言わなかった負い目もある。

意図して、薫に隠していたのだ。

それに、この期に及んでも、黙っていた理由は言いづらい。

……薫さんに……しょーりさんが好きだったから……とか……言えないよ……やっぱり……。


むずかしいな。


あけりがしゅんとしおれたのを見て、薫は、不安になってきた。

もしかして、また、身体……つらいんだろうか。

「……帰ろうか。」

薫はそう言って、あけりの手を取ったまま、ベンチから立ち上がった。

「ん……。」


手をつないで歩く……だけで飽き足らず、あけりは薫の腕を空いたほうの手で掴んだ。

上腕に頬を押し付けるように、歩く。

さすがに歩きにくいけれど、とにかくくっついていたかった。



……甘えたモードなのかな?

それならいっそ……。

「……よっ。」

薫は、何も言わず、突然あけりを抱き上げた。

「え……え?」

急すぎて、バランスを失いそうになり、あけりは両手をバタバタしたけれど

「危ないし、首に手ぇ回してて。」

と、薫に注文され、おとなしく従った。


……これはこれで……ちょっと……顔近すぎというか……。

目の前に薫の無精髭が生々しい。


気恥ずかしくて目を落としたあけりがかわいくて……薫はあけりに唇を寄せた。

耳に、まぶたに、鼻に……。

くすぐったさと恥ずかしさで、くすくす笑ったあけりの、唇にも……。



……幸せ……。


あけりはすっかり夢見心地になった。


車の助手席に座らせてもらってからも、とろーんとした目をしていた。

薫が運転席に座ると、すぐに薫の肩に頭を置いた。
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