君への轍
「……え……師匠の前では、電話にも出られへんのですか?……厳しいですね……。」

「うーん……そういうわけでもないんだろうけど……気ぃ使ってはって……」

薫がつい、あけりの名前を口にしてしまわないように、気遣ってくれているようだ。

それでも薫は、トイレの中や、泉の入浴中に、隙を見て電話するという涙ぐましい努力をしてくれている。

その気持ちがうれしくて……あけりは、淋しさを封印することにした。



「……で、薫さん、新しい車は決められたんですか?」

嘉暎子にそう問われて、あけりは首を傾げた。

「んー、よくわからないんだけど……日産のフーガだって。」

とりあえず、最新のGT-Rとスカイラインとフーガに乗ってみた。

あけりは、今までの薫の傾向と好みを考慮して、少しでも走り屋っぽさが残るGT-Rでいいのではと提案してみた。

が、薫が言うには、スカイラインもGT-Rも、かつての車とは別物なので、全く惹かれないそうだ。


「……へえ。落ち着かはりましたね。」

うんうんと、嘉暎子は腕を組んでうなずいた。

「……うん。」


浮かない顔のあけりに、嘉暎子は首を傾げた。


あけりは、息をついて、ぽつりと言った。

「なんか……私のために無理してはるみたいで……申し訳なくて……。」

「はあ?」

嘉暎子は、あけりが何を言っているのが、全く意味がわからなかった。

「……好きな女のために、多少の無理したり、好みに合わせたりって……苦痛と感じるヒトもいるでしょうけど、むしろ幸せなヒトも多いんじゃないですか?少なくとも、薫さんは後者でしょ。」

「……うん。……私もそうなんだけど……なんだけど……何てゆーか……自分を貫いてくれていいんだけど……」

言ってて、はたと気づいた。


ああ、そうか。

私、今までずーっとずーっと……しょーりさんのことしか好きになったことなかったから……基準が全部しょーりさんなんだ。

しょーりさんなら、たとえ、誰と恋愛したって自分を変えない。

たとえ、何があったって、自分の意志を貫く。

……まあ……衣食住すべてにおいて、あまりこだわりがないヒトだから、車や服装なんかは、むしろ「どうでもええ」っていう態度だろうけど。

少なくとも、女の好みを考慮するヒトじゃない。
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