君への轍
泉はそう言って、輪行バックを薫のほうに押しやった。
それから、思い出したようにつけ加えた。
「紹介は、結婚決まってからでエエで。……お前の彼女が、また俺に惚れてしもたら、かわいそうやからな。」
……笑えない冗談だった。
これまでにも何度もあっただけに、泉も本気で気を遣っているようだ。
でも薫は、違う意味で神妙な顔になって、頭を下げた。
「あーざす。結婚します!宮杯終わったら、師匠に会いたいそうです!よろしくお願いします!」
「……会いたいて……あかんやん。何?俺のファンなん?」
泉が顔をしかめた。
薫は黙って、首を横に振るに留めた。
日曜の午前中、高速道路はいつもより交通量が少ない。
渋滞に巻き込まれることもなく、薫は11時にはあけりの家を訪ねることができた。
玄関チャイムを押すと、待ち構えていたらしく
『はい!』
という元気のいい声に続いて、すぐにドアが開いた。
艶やかな赤い振袖の、あけりが飛び出してきた。
「おかえりなさい!」
「え!着物!?どうしたん?どっか行くん?」
……ただいまの言葉を返すことも忘れて、薫はそう尋ねた。
あけりはぷるぷると首を横に振った。
「こんな蒸し暑いのに、合わせの、しかも振袖なんか着て外出できませんよ。……エアコンがんがんに効かせた家の中だけ。」
「え?……じゃあ、なんで着てるの?」
不思議そうな薫に、あけりは笑顔で言った。
「薫さん、着物好きって言ってたから。」
「……。」
俺のため?
俺に見せるためだけに、シンガポールと大差ないぐらいくそ暑い、夏直前の京都で、振袖を着てくれたのか?
……えもいわれぬ感動が胸を席巻する。
「ほら。さすがに、水島さん、呆れてらっしゃるわよ。……気が済んだら、早く着替えてらっしゃい。」
あけりの母のあいりが、現れて、そうたしなめた。
「呆れてる?」
慌ててあけりが薫の顔を下から覗き込んだ。
……かわいい……。
呆れるわけ、ないだろ。
それから、思い出したようにつけ加えた。
「紹介は、結婚決まってからでエエで。……お前の彼女が、また俺に惚れてしもたら、かわいそうやからな。」
……笑えない冗談だった。
これまでにも何度もあっただけに、泉も本気で気を遣っているようだ。
でも薫は、違う意味で神妙な顔になって、頭を下げた。
「あーざす。結婚します!宮杯終わったら、師匠に会いたいそうです!よろしくお願いします!」
「……会いたいて……あかんやん。何?俺のファンなん?」
泉が顔をしかめた。
薫は黙って、首を横に振るに留めた。
日曜の午前中、高速道路はいつもより交通量が少ない。
渋滞に巻き込まれることもなく、薫は11時にはあけりの家を訪ねることができた。
玄関チャイムを押すと、待ち構えていたらしく
『はい!』
という元気のいい声に続いて、すぐにドアが開いた。
艶やかな赤い振袖の、あけりが飛び出してきた。
「おかえりなさい!」
「え!着物!?どうしたん?どっか行くん?」
……ただいまの言葉を返すことも忘れて、薫はそう尋ねた。
あけりはぷるぷると首を横に振った。
「こんな蒸し暑いのに、合わせの、しかも振袖なんか着て外出できませんよ。……エアコンがんがんに効かせた家の中だけ。」
「え?……じゃあ、なんで着てるの?」
不思議そうな薫に、あけりは笑顔で言った。
「薫さん、着物好きって言ってたから。」
「……。」
俺のため?
俺に見せるためだけに、シンガポールと大差ないぐらいくそ暑い、夏直前の京都で、振袖を着てくれたのか?
……えもいわれぬ感動が胸を席巻する。
「ほら。さすがに、水島さん、呆れてらっしゃるわよ。……気が済んだら、早く着替えてらっしゃい。」
あけりの母のあいりが、現れて、そうたしなめた。
「呆れてる?」
慌ててあけりが薫の顔を下から覗き込んだ。
……かわいい……。
呆れるわけ、ないだろ。