君への轍
「うれしくて……言葉が出て来なかった……。めちゃ綺麗。ありがとう。」

やっと薫がそう言うと、あけりだけではなく、母のあいりも、うれしそうにほほ笑んだ。




「ますます真っ黒ならはりましたなあ。」

居間で待ち構えていたあけりの継父が、ニコニコとそう言った。

「はい。毎日、朝から晩までピストに乗ってました。最初は鼻がヒリヒリしたので……やっぱり、日本より紫外線が強いんでしょうね。」

そう言いながら、ゴソゴソと薫は大きな紙袋をあけりの母に差し出した。

「あの、これ、お口に合うかどうかわかりませんが……」

「まあまあ。こんなにたくさん。……そう、行く先々で買ってこなくていいんですよ?」

あまりにもしょっちゅうお土産をもたらす薫に、母のあいりは恐縮していた。


「はあ。いや、つまらないモノばかりで却ってご迷惑かもしれませんが……気持ちなんで、受け取ってください。今回は、弟子の東口聡のお母さんのお勧めのお土産なんですよ。」

「聡くんのお母さん……。シンガポール華僑のかたでしたっけ。綺麗なヒトだったなあ。お元気なんですか?」

「うん。豪快な美人さん。毎晩カジノに入り浸ってるらしくてさ、誘ってくれはるんやけど、俺も師匠も練習し過ぎて夜遊びする体力残ってなくてさ……結局不義理してしもたわ。」

あっけらかんと薫はそう言った。


……まあ……その程度の関わりで済んでよかったのではないだろうか。

豪快という言葉では片付かない、けっこう問題行動の多いはた迷惑なヒトだった……ような気がする……。


あけりも、母のあいりも、生ぬるい笑顔でスルーした。




お昼過ぎに、薫は洋服に着替えたあけりを連れ出した。

聡の母へのお礼の品を一緒に選んでから、鴨川に張り出した床にしつらえたカフェでくつろいだ。


「そういや、聡から連絡あったよ、師匠に。……宮杯の翌日、会いたいって。平日なのに。」

思い出したように、薫がつぶやいた。

あけりは、苦笑した。

「平日だけど、期末テスト中で、お昼には学校終わってるから。」

「あー、なるほど。……じゃあ、あけりちゃんの学校も?ほな、どっか遠出しよっか?」

薫の誘いを、あけりは申し訳なさそうに断わった。
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