君への轍
水曜日の昼前に、泉と薫は大阪の岸和田競輪場に入った。


かつては滋賀県の大津びわこ競輪場で開催されていた特別競輪「高松宮杯」は、びわこ競輪場廃止以後、持ち回りとなった。

名称も、宮家からの下賜取りやめに伴い「高松宮記念杯」と改称されたが、G1競走として以後も毎年開催されている。


泉は、前回この岸和田で開催された大会で優勝して、初タイトルを獲っている。
(『今、鐘が鳴る』https://www.berrys-cafe.jp/pc/book/n1273477/)

4年後の今年は、骨折と肺挫傷の復帰第1戦。

……4日間を無事に完走するだけで精一杯……と、思われていた。


しかし、泉は不屈の闘志を持つ男だ。

弟子の薫にハッパをかけられずとも、おそらく自分で立ち上がっただろう。

特選レースの「白虎賞」を走れるのに、不様な競走は見せられない。

しかも、地元地区の泉を気遣って……というわけでもないが、運良く中部地区の徹底先行の強い選手を馬にできるようだ。




「……それでもこのオッズや。みんな、よぉわかってるわ。」

レース前、泉は細かい文字で数字の羅列するオッズの映ったモニターを見上げて、皮肉っぽく笑っていた。


「師匠~~~。今日は負けても、いいですよ。明日、俺が引っ張りますから。」


初日の一次特別選抜予選レース「白虎賞」に出場する泉は、4着以上だと2日めは賞金の高い二次特別選抜予選の「龍虎賞」に出場できる。

もちろん、たとえ9着でも、二次予選に進むことができる。

予選回りの薫は、既に逃げての2着で、明日は二次予選に勝ち上がれることが決まっている。

……まあ、泉が下位に沈んだとしても、本当に師弟が二次予選で同じレースに乗せてもらえるとは限らないのだが……そこは、地元地区なので配慮してくれるだろう。


薫の甘い希望的観測を、泉は鼻で笑った。

「アホやな。負けてもエエとか、そんな余裕、俺にはないわ。」


そうしていつも自分の競走に大金を投じて泉を応援している熱心なファンを思い出して、今度は片頬を上げてニヤリと笑った。

「……このオッズやったら、中沢先生、大もうけできはるな。」
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