君への轍
「まあ、明日からはこうはいかないでしょうね。完全復活ってアピールしたし、車券、売れますよ。」

聡がいっぱしの車券師のようにそんなことを言う。

「……さすがに明日は無理だと思うよ。相手が違う。……聡くん、せっかく儲かったのに、無茶な勝負はしちゃダメだよ。」

ファンだけど車券には冷静な中沢がそうアドバイスした。




翌日、薫は2次予選の2つめのレースを、泉は最終の「龍虎賞」を走った。

前日同様、聡はテストを終えると駆け付けた。


「今日は師匠のレースに間に合った!」

……その代わり、私服に着替える余裕はなかったけれど、さすがに競輪場で学ランは目立つ。

急遽、にほが隣のショッピングモールでTシャツとデニムを買った。

薫の危なげないレースを観戦した後、聡はようやく着替えることができた。


勝利者インタビューで爽やかな笑顔を惜しみなく振りまく薫を、聡は携帯で撮影して、すぐにあけりに送信した。

まだ授業中のあけりは、スマホを観ることもできなかったけれど、ポケットに僅かな震えを観じてはドキドキしていた。


最終レースで、泉は7着だった。

「勝っても負けても、同じ顔……。さすが……。」

何となく泉のことが苦手だと言うにほがつぶやいた。

「優勝以外は、騒ぐほどのことじゃない、ってことらしいよ。……レースはあっついのに、オンオフの切り替え、笑っちゃうよね。」

くすくすと、中沢が言った。

まるで恋人か配偶者のように泉を理解し、愛している中沢らしい言葉だった。

「明日と明後日は、あの子、来るの?水島くんの……。」

思い出したように、中沢がそう尋ねた。

「しー。口外しないでってお願いしたじゃないですか。……来ますけど、余計なこと、言わないでくださいね。微妙な時期なんですから。」

聡は念のために、中沢に口止めした。




翌日は、東口家の車に同乗させてもらって、あけりも岸和田へ駆け付けた。

あけりにとって初めての岸和田は、不思議な競輪場だった。

バンクの向こう側……バックの向こうに、BMX用のコースが設置されている。

G1を開催しているのに、ちびっ子や、たぶん素人BMXレーサーが走行しているのがよく見えた。

「すごいコースですね。……おもしろそうやけど……ピストじゃ絶対無理……。」

呆然とそう呟くと、聡はうなずいて同意した。

「パンクするわ。……あけりさんじゃなくても、身体に負担ガンガン来そう。膝とか腰とか。」

「……あー、そうかも。」

だから小さな子が多いのだろうか。

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