君への轍
「でも……楽しそう。……乗ってみたいな……。」

うらやましそうにそうこぼしたあけりに……聡はかける言葉をみつけられなかった。

昔のあけりなら、率先してチャレンジしただろう。

でも、大きな声を出しただけで……少し走っただけで出血する肺で、激しいモトクロスのコースを走るなんて、どれだけ負担がかかるか……。


気遣わしげな聡に気づいて、あけりは苦笑した。

「聡くん、やってみれば?」


でも聡は、首を横に振った。

「BMXから競輪選手になった選手はいっぱいいるし、彼らの思い切りの良さはすごいと思う。でも、やっぱり怪我が絶えないし、興味本位で走るつもりはないよ。師匠はシクロクロスもやってたみたいだけどね。」

「……薫さん……ロードレースだけじゃなかったんだ。……シクロクロスって、途中で自転車をかついで走るのよね?……なんか……似合うわね……。」

くすくすと、あけりは笑った。


あけりの笑顔にホッとして、聡はふたたびBMXのコースを眺めた。

壁のような坂道をジャンプする自転車は確かにカッコいいし、楽しそうだ。

でも、僕は……

「バンクを、走りたいんだ。ロードも好きだけど。僕は、やっぱりピストが好きやから。……すごく贅沢なんだけどさ、ロードバイクは師匠から、ピストレーサーはしょーりさんから譲り受けたから、どっちもプロ仕様のを乗ってるんやけどね……融通の効かない、ブレーキもギアチェンジもない、空回りすらしてくれない、一番シンプルなピストが好きなんだ。あの細い轍(わだち)を見つけるだけで、うれしくなるぐらい……好きなんだ。」


聡の想いは、ストレートにあけりに届いた。

あけりは大きくうなずいた。

「うん。わかる。私もそうよ。多少道が荒れてるだけですぐにパンクしてしまっても、それでも、チューブラータイヤのピストが好きだったわ。……シンガポールで……先に行ってしまったしょーりさんの轍(わだち)を必死で追ったの……思い出しちゃった。」

じんわりと泣けてきた。

一緒に走りたかったけれど、いつも、私、おいていかれたわ。

それでも必死でしょーりさんを追った……。

背中なんか、とっくに見えなくなっても……轍は残るから……。
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