君への轍
「……シンガポールでは、逆に……しょーりさんが、師匠について行くのがやっとだったみたいだよ、最初は。」

ポツリと、聡がこぼした。

「……そうなの?」

あけりの問いに、聡は少し声のトーンを落として、周囲を見渡してから言った。

「うん。……母の再婚相手が教えてくれた。しょーりさん、無茶苦茶えらそうなのにたいして強くないと思ったみたい。でも、どんどん調子上げてって、最後は感心してた。プロだ、って。」

「……薫さんをペースメーカーにしたのね。」


出走表に目を落とすと、最終レースに2人の名前があった。

準決勝で、師弟は同乗させてもらえるらしい。

たぶん、2人とも気合いが入りまくっているだろう。


「何か、緊張してきたわ……。」

あけりはお腹を抱えて、少し前屈みになった。

「早いよ。……とりあえず、特観席、行こうか。」

そのために、早朝からやってきた。

あけりはうなずいて、従容とついて行った。





約6時間という長い時間、緊張しっぱなしのあけりに、聡はあれこれ世話を焼き、話し掛けてくれた。

……主に車券の検討の相談だが……。


「最終レースだけは、あけりさんも買ったら?」

聡にそう勧められ、あけりは1点だけ購入した。

1着を泉、2着を薫の2車単を千円。


さすがにG1の準決勝だけあって、他の選手も強い。

1番人気は南関ラインの2人だし、その次に人気しているのは、泉から南関の選手という筋違い車券だ。

薫は、病み上がりの泉を引き出して終わり、と思われているようだ。


聡はオッズのモニターを見て、ニッコリうなずいた。

「うん。いいんじゃない?最終的には1500円ぐらいまで下がりそうだけど。いいと思うよ、」

「聡くんは?どんなの買うの?」

きゅっと聡は唇を結んだ。

……言いたくないのかな?


しばし見ていると、聡の表情がやわらいだ。

「……怒られるかもしれないけど……ごめん……師匠を頭にして、ヒモは残り2つのラインの2人。それと、別ライン折り返しからのしょーりさん3着。」

「え……シビア……。」

あけりが100%応援車券なのに対して、聡は完全に車券として割り切っていた。

「うん。ガチ。……気持ちは応援してるけど、このメンバーで2人とも決勝に上がれると思わないから。しょーりさんのために師匠が死んでしまうか、もしくは……」

聡はみなまで言わなかった。
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