君への轍
しょーりさんが千切れると思ってる?

それとも、しょーりさんの位置に誰かが来る?

……そんなタイプの選手はいないような気がするんだけど……。



レースが始まる。

あけりは、また叫んでしまわないように、特観席から動かなかった。

聡も、あけりの隣に観戦した。

ガラスの向こうを見ていると、聡がモニターを指さした。

泉のアップに続いて、薫がクローズアップされた。

いつも通り飄々とした泉と、いつも以上に緊張した面持ちの薫。

一緒に……2人で一緒に決勝戦へ行けますように……。

あけりはほとんど両手を合わせて祈っていた。



レースは比較的ゆっくり始まった。

泉も薫も、早々に飛び出したところを見ると……先行ではなく、捲りのつもりだったのだろうか。

確かに、休み明けの泉が危険をおかして横に動いて捲りラインを止めなければいけない番手を勤めなければいけない先行より、捲りのほうがいいのかもしれない。

だが……薫はスプリンターだ。

本気のダッシュは、桁違いに速い。

泉は何度も連携しているし、一緒に練習しているから、踏み出しにちぎれることはない。

しかし、「ツキバテ」と呼ばれる、ただ後ろに付いて走っているだけで疲れてしまう状態になるのではないだろうか。


あけりの不安をよそに、薫達は正攻法、誘導選手のすぐ後ろを周回し、赤板を迎えた。

東北の2人が上がって来て、打鐘。

中段にいた薫が、出ようとしてるのに被せるように、南関の3人が勢い良く前へと上がっていく。

続いて、九州の単騎選手も南関について行った。

薫は結局、7番手発進となってしまった。


「あかん!間に合わん!」

周囲で誰かがそう叫んでいる。


「いや!行ける!」

隣で聡が力強くそう言った。


うん。

行ける!


あけりも両手を握って、身を乗り出した。


薫が踏み込む。

少し離れそうになったけれど、泉も必死でついていく。

おもしろいぐらいごぼう抜きして、最終第4コーナーで薫は先頭まで出切った。


しかし、続く泉は……いつものゴール前の精彩が見えない。

むしろ、いっぱいいっぱいというのが伝わって来た。

「あああ……。」

あと少し!

あと少しなのに……伸びない泉を、別ラインの選手が追いかけて……ゴール前で抜いた!



薫は1着で決勝戦に勝ち上がった。

しかし泉は……4着で敗退した……。


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