君への轍
泉は舌打ちして、走り出したけれど……、すぐに路肩に停車した。

そして、シートベルトをはずしてしまい、完全に後ろを向いた。


あけりは、慌てて、少し早口で言った。

「自転車、続けたかったんですけど、乗れなくなりました。身体が弱くなって。……すみません。」


別に謝ることじゃないのかもしれない。

でも、泉がきつい形相でガン見してるので……あけりは、ちょっと怖くなってしまった。


怒ってる?

自転車を辞めたから?

根性ないって思われたのだろうか。



「……進行性の難病だそうです。」

萎縮して、またうつむいてしまったあけりが不憫で、聡は、泉にそう伝えた。


「……待て。ちょー待て。癌とか白血病とかけ?」

泉の眉間に、いくつもの皺が刻まれている。


あけりは、ふるふると首を横に振った。

涙がポタポタと散った。


「ほな、外国で手術せなあかんとかけ?……もしかして、金がかかるし、来たん?」


泉は何の気なしにそう言ったけれど、かなり酷い。

あけりは慣れっこらしいが、免疫のない聡は、

「はあっ!?」

と、ついつい、声を荒げてしまって……慌てて、口を手で押さえた。


「……さすがに……しょーりさんにお金の無心なんてできません。……手術も、今のところは必要ありませんし、たとえ手術することになっても、日本でできます。保険も適用されます。」

あけりは静かにそう説明した。


泉は鼻で笑った。

「ふーん。ほな、なんで来たん?今さら。どの面(つら)下げて、俺に逢いに来たん?」



……マジで、ひでぇ……このヒト……鬼畜過ぎ……。

聡は、両手を握りしめて、思わず泉を睨み付けた。

「……あけりさんには、何の罪もないと思いますけど……。」

怒りを抑え込んで、やっとそれだけ言った。


でも、泉は、顔をしかめて、本気で嫌そうに言った。

「アホか。あいりそっくり過ぎて、気分悪いわ。……なあ。何なん?何の用やねん。」


……やっぱり……気分を害してしまった……。

あけりは、涙をいっぱい溜めた目で泉を見た。
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