君への轍
泉が一瞬怯んだ。


……口でどんなに憎まれ口をたたこうと……かつて惚れた女に瓜二つのあけりの泣き顔は、泉にとって不可侵領域らしい。

何となく、それが伝わってきて……あけりは、ほんの少しだけ、ホッとした。


大丈夫。

今なら、言える!


あけりは意を決して言った。

「母を、許してください。……って、ずっと言いたかったですけれど……娘の私が言うのは僭越ですよね。ごめんなさい。」

そして、息継ぎをして、言葉を継いだ。

「私、しょーりさんが好きでした。大好きでした。ずっと……家族じゃなくて、男性として、恋してました。」


言った!

積年の想いを、本人に伝えた!


あけりは完全に興奮状態だった。


聡が、斜め前で、拳を握って応援してくれているのが、意外と心強くて……やっぱり、一緒に来てもらってよかった……と、本気で思った。



泉は、かつての義理の娘の自分への思慕を聞くと、めんどくさそうに頭を掻いた。

「アホか。バレバレじゃ。そんなもん。……今さら、何、言うてんねん。」


「……まあ……そうですよね……バレバレですよね……。」



あけりさんの意気込みが空回りしている……。

聡は、2人の会話をハラハラしながら聞いていた。

あけりは歯がゆいし、泉は取り付く島もない。

まるで宇宙人と接触しているようだ。

これは……想像以上に難しいヒトだぞ……しょーりさん……。


やきもきしてる聡を置いて、泉とあけりはかつてのペースを取り戻して来た。


「でも、まず、そこから始めなきゃ、私……先に進めなかったんです。ずっと……しょーりさんに会いたくて……」

あけりの切々とした訴えは、泉には全く響かない。

「辛気臭っ。……はいはい、わかったわかった。気ぃ済んだけ?……もう、ええから、帰れ。……あけりのことは何とも思ってへんけど、お前見てると、あいりのことは思い出して、イライラしてくるわ。」


……殴りたい……。

本気で、聡はそう思い始めていた。


「……ごめんなさい。……わかりました。今後も、なるべく、姿を見せないように、気をつけます。」

あけりが殊勝げにそう言うと、泉はジロリと見た。

「待て。なんで、なるべく、やねん。」


待ってました!とばかりに、あけりは答えた!
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