君への轍
「……たぶん、全く無縁というわけにはいかないと思いますので。……しょーりさんのお弟子さんの、水島薫さん。……こちらの聡くんの師匠でもありますが……、先週、薫さんからエンゲージリングをいただきました。近いうちに、私、薫さんと結婚することになると思います。」


たっぷり10秒は、空白の時間があっただろう。

クールな泉は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔……は、しなかったけれど、無表情なままフリーズしていた。



あけりは、泉の反応をじっと待った。


……思えば、昔もそうだったわ。

怒ってるのか、笑ってるのか……しょーりさんは、どう感じたかをダイレクトに伝えてくれないから……私はいつも、顔色をうかがっていた……。

……褒めてもらえることなんか、なかったけれど……とりあえず、不快な気持ちにならないでくれたら、それでよかった。

それ以上を望むべくもなかった……。


でも……。

今回は……怖い……。

やっと、しょーりさん以外のヒトを好きになることができた。

この気持ちを、大切にしたい……。

今……しょーりさんに否定されたら……私……それでも、薫さんと結婚するって、がんばれるんだろうか……。



あけりの顔色が、また悪くなった気がする……。

聡は、前と後ろを見るべく、何度も首をキョロキョロさせながら……ハラハラしていた。

あけりの身体が、ただただ心配だった。




「……自分なん?」

やっと開いた泉の口から出たのは、確認の言葉だった。

色々言葉が足りないけれど、薫から結婚を考えている女性の存在聞いていたのだろう。


あけりは、苦笑してうなずいた。

「……はい。……ごめんなさい。……なるべく、しょーりさんに会わないように気をつけます……。」


悲しそうな瞳に、聡の胸が痛んだ。


そして泉は……自分の髪をクシャッと掻き上げた。

「そんなことどうでもええわ。……そうじゃなくて……自分……死ぬ病気なんけ?」


ストレートすぎるっ!

聡は、びっくりして、目を見開いて泉を見た。


さすがに、あけりも無理に浮かべていた笑いを引っ込めた。


泉は冗談を言っているわけでも、からかっているわけでもなかった。

真面目に、お前は死ぬのか?と尋ねているようだ。
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