君への轍
近くにいた生徒が悲鳴を挙げた。

口元を抑えたあけりの指の隙間から、赤い血がつたい落ちた。

今までよりも多くの量の血を、咳と一緒に吐き出してしまっていた……。


「救急車!病院!」

「先生呼んで!早く!」


騒然とする中、あけりは「大丈夫」と必死で伝えようとしたが……咳を止めることができず……呼吸さえもおかしくなってきた。


……苦しい。

息が吸えない。

空気が足りない。


真っ青な顔に、汗をだらだら流し、口の周りと手を真っ赤に染めて……あけりは崩れ落ちるように床に座り込み、そのまま横臥した。

それでも咳は止まらなかった……。






気がついたら、救急車の中だった。

くだらない質問に答えることもできず、ゼーハーと肩で荒い呼吸と咳を繰り返した。

一緒に乗り込んでくれた徳丸先生が、救急隊員の質問に答えてから、あけりの家に電話で連絡をした。

薫は競走で不在だ。


心配させなくて済むわ。

よかった……。


再び、あけりの意識は混濁した。






……痒い。

肺がむず痒い……。

かきむしりたいぐらい、痒い……。


あけりの手が無意識に胸元へと伸びた。

点滴していた管が引っ張られて抜けたらしく、けたたましい電子音が鳴り響いた。

あけりが不快な音に起こされて、ぼーっとしていると、看護師さんが飛んできた。


「大丈夫ですか!?」

「……抜けました。」

あけりは、何と答えればいいか、よくわからず、事実だけを伝えた。

看護師さんは、すぐにまた点滴を入れ直してから、病室を出た。


改めてキョロキョロと見渡すと、だいぶ広い個室のようだ。

長椅子に、母のものらしい薄手のジャケットがかけてある。


……ママ……駆け付けてくれたのね……。

トイレかしら……。


ぼーっと待っていると、ドアが開き、両親が入室した。

母のあいりは涙目だ。

「……ママ……。」

かぼそい声であけりが母を呼んだ。

「気ぃついたんか。どや?しんどないか?」

母の代わりに、継父がそう尋ねた。

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