君への轍
「……うん。肺が痒いぐらい。……ママ……泣いてるの?……お医者さんに何か言われた?」

考えたくないけれど、あまりいい状況じゃないのかもしれない。


あけりの問いに、母は、うっ……と、詰まって嗚咽した。


……やっぱり、ダメなのかもしれない。

「病気……進行してるって?」

あけりの問いに、母はもちろん、継父もまた涙目になって黙ってしまった。


……あけりは息をついて、掛け布団を顔まで引き上げた。

泣きたくないけど……涙が溢れてきた。

ワガママ言っちゃいけないけど……薫さんに会いたい……。

そばにいて、私を抱きしめていてほしい。

力強い腕と胸に、顔をぐりぐりと押し付けて……甘えて泣いたら……また、前向きになれそうだから……。


でも、今は……無理……。


あけりは声を出さないように嗚咽をかみ殺して、泣いた。


母と継父も泣いているのが、伝わってきた。

独りじゃない……。

一緒に泣いてくれる両親がいる……。

それだけで、あけりは自暴自棄にならずに済んだ。





翌日の午後、主治医が病室にやって来た。

「……急性呼吸困難……つまり、喘息のような一時的な発作によって、激しい咳が続いたために、肺が出血したのでしょうが……SpO2が低いまんまなんですよね。……落ち着いたら検査しましょうか。」

SpO2は、血中酸素濃度とか、 酸素飽和度とか呼ばれているもので、呼吸によって吸った空気からちゃんと必要な量の酸素を血液で体中に送り込めているかどうかの目安になる値だ。

普通は99%から97%と高い数値を示すが、あけりは現在90%を切っている。

このままだと、心臓や他の重要な臓器に支障をもたらすし、肺高血圧症になる恐れもある。


「……酸素ボンベ?」

あけりは恐る恐るそう尋ねてみた。


肺が多少ポンコツになったからと言って、すぐに他人様の健康な肺を移植できるわけではない。

ドナーの絶対数も足りないし、リスクも大きい。

まずは、在宅酸素療法と呼ばれている、ボンベからの酸素吸入を行い、高濃度の酸素を身体に供給し続けなければいけない。


……つまり、寝てる時も、起きている時も……外出時もずっと、酸素ボンベををカートで引っ張り、鼻にカニューレと呼ばれる管をさしていなければいけなくなる。

不便なんてものではない。
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