君への轍
あけりは笑顔で大きくうなずいた。

勢いで、ホロッと涙がこぼれてしまったけれど。





翌日の夜、やっと薫が競走を終えてあけりのもとに戻ってきた。

薫は涙を目にいっぱいためて、壊れ物に触れるように、そーっとそーっと愛しげに、あけりの頬に手をあてがった。

「……苦しいときに、そばにいてあげられなくて……ごめん。」

薫の言葉が、あけりの涙腺を決壊させた。


大丈夫、家族も友人も来てくれたし、大丈夫よ、心配しないで。

……そう言いたかったけれど、涙が後から後から溢れ出て、何も言えなかった。




いくつもの検査を経て、あけりのSpO2は一時的に落ちたのではなく、病気が進行したせいだと診断された。

あけりは、とうとう酸素吸入を導入することになってしまった。


自宅にも大きな機械が運ばれた。

夫婦の寝室に、無粋な機械……。

「ごめんなさい。」

あけりは、病気が重くなってから、何度も何度も繰り返して謝った。

「何も。あけりちゃんは、何も悪くないんやから。」

薫は、いつも優しくて、……あけりを包み込んでくれた。

大きな身体に抱きしめてもらうと、それだけで、あけりは気持ちも、身体も楽になれる気がした。




翌週から、あけりは酸素ボンベを積んだカートを引っ張って登校することになった。

授業中も、ずっとカニューラから酸素を吸引し続ける。

周囲の同級生や教師は、これまで以上に腫れ物に触る扱いだ。


でも、昼休みに様子を見に来てくれた徳丸部長と嘉暎子は、心配しながらも、これまでと変わらない親愛を寄せてくれた。


確かに不便だし、奇異な目で見られてしまう。

でも、あけりは、かつてよりホッとしているような気がした。


以前は、内部疾患とは言え、外から見れば健康なヒトと何ら変わらなかったので、周囲に理解を求めるわけにもいかず、ついついあけり自身もがんばりすぎていた気がする。

やはりそれが身体に負担を増やしていたのだろう。


酸素ボンベに繋がれて不自由が誰の目にも顕著になると、あけりは何もしなくてもよくなった。

今までほとんど会話もしなかったヒトが、あけりのために世話を焼いてくれたり、気遣ってくれるようになった。

憐れまれているのだとしても、あけりは素直に感謝した。


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