君への轍
「え……。いいんですか?」

春休み、あけりは主治医から、酸素吸入を辞めてもいいと言ってもらえた。

もちろん、うれしい。

でもまさか、進行性の病気なのに、良化するなんて思わなかった。

副作用は大変過ぎるけれど、やっぱり新薬は効果があるらしい。


……もしかしたら……病気自体が完治する薬も……そのうちに、開発されるのかもしれない。

まるで夢のような好転を、あけりは信じられない想いだった。


診察に付き添ってくれた薫もまた、奇跡のような状況に涙を浮かべていた。


半年ぶりにカニューレと酸素から解放されたあけりの、心からの笑顔は、とてもかわいくて……


「披露宴、しようか。」

昨秋するはずだったのに無期延期になってしまっていた披露宴の計画を、薫は再び持ち出した。


「うん!する!」

あけりもまた涙目で、賛同した。


「……まあ……ちょっと、めんどくさいお歴々を招待しなきゃいけないから……気を使わせちゃうかもしれないけど……。」

申し訳なさそうにそう言った薫の胴に、あけりはしがみついて、下から薫のお顔を見上げた。

「大丈夫。……結局、ずっと体調悪くて、お義父さんの選挙戦のお手伝い、ほとんどできなかったし……今度こそ、少しでも、お役に立ちたい。」



薫の父親は昨年12月の市長選で、めでたく当選した。

元々有能なヒトではあるが、既に優良企業の工場の誘致を進めるなど、めざましい活躍をしている。

「……ありがとう。それ聞いたら、マジで喜んで、公務にあけりを連れ回しちゃいそうだから、母にだけこっそり伝えるよ。……ああ、そうだ。ウェディングドレスのサイズ、採寸し直したほうがいいんじゃない?」

「う……、そうね。去年の夏から、だいぶ……また、痩せて貧相になっちゃったね……。筋肉もほとんどないし……。」

あけりはしょんぼりして自分の腕や足に触れて、ため息をついた。


でも、薫はおどけるように笑った。

「確かに全体的に筋肉、なくなったけど……気づいてる?おっぱいだけおっきくなってる。俺のおかげ。褒めて。」

「何言ってるの~~~~。もう!」

あけりは恥ずかしくて、ジタバタともがいて、薫から離れようとしたけれど、薫はますます強くあけりを抱きしめた。

絶対放さない……そんな強い意志を感じて、あけりは抵抗をやめた。
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