君への轍
号砲鳴って、スタート
高校2年生になった。

あけりには、特に親友と呼べる友人もいないが、イジメもない。

去年同じクラスだった子や、席の近い子と適当に合わせて行動する退屈な日々。


いつものように体育の時間を、何をするともなく見学していると、担任教師に声をかけられた。

「濱口。今日は風が強いから、教室から見学しとき。」

「……はい。」

体育教師の了承を得て、担任と一緒に教室へ戻った。


「ときに、濱口。……能楽部に入らないか?」

突然、担任があけりをクラブ活動に勧誘した。


担任の徳丸は、兼業能楽師で、能楽部の顧問を勤めている。

国語科の教諭なので、古典の得意なあけりには目を掛けているようだ。

「……お能……というか、世阿弥は好きです。閑吟集も。……でも、能楽部って、確か、お能を観に行くんじゃなくて、自分で舞うんですよね?それは……考えてもみませんでした。」

あけりは正直にそう答えた。

徳丸は、ニコニコと言った。

「いや。そうやったんやけどな、人数集まらんから、もうちょっとフレキシブルに活動することにしてんわ。仕舞(しまい)を習う部員、謡(うた)いを習う部員、鼓や笛を習う部員、鑑賞専門の部員。いろいろいていいんちゃうかな、って。」

「……確かにそれなら、敷居は低くなりますねえ。」

何の気なしにそう返事すると、徳丸はうれしそうにうなずいた。

脈有り、と思ったらしい。

「せやし、どや?濱口。仕舞は無理かもしれんけど謡いとか囃子やったらいけるんちゃうか?……まあ、鑑賞だけでもええけど。」

「……謡いは……興味あります。」

というより、実際に生の能舞台を観るとき、謡いの文句を知ってるか知ってないかの差は大きい。

真っ白な状態で歓能すれば、寝てしまう可能性はものすごく高い。


「そうか!ほな、お試しで入部してみ。……おっきい声では言えんが……俺の出る舞台はタダで観られるで。」

「え!?」

さすがにびっくりした。


学生のチケットの料金は一般料金よりかなり割安だが、それでも、高校生のお小遣いではそう回数を観られるものではない。

そこそこ裕福な家庭の子が多い学校ではあるものの、部活でしょっちゅう観るのは大変だろう。

「……まあ、部員ゆーても2、3人やから。……1人もいいひん年もあるわ。……せやし入部してくれたらめっちゃありがたいんや。……濱口の内申書にも書くことできるし、一石二鳥やろ。」

徳丸は、嬉々としてそんなことまで言った。
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