君への轍
……確かに、今のあけりには、成績以外に特記する活動はない。

担任としての気遣いもあるのかもしれない。


「活動日はいつですか?」

「えーと、文化祭前はほぼ毎日やけど、普段は週2日。土日の観能は自由参加。……まあ、普段から自由参加やけどな。」

……緩いクラブのようだ。

その程度なら続くだろう。

あけりは、特に深く考えることなく入部を了承した。



「……能楽部~?」

放課後、わざわざ奈良からやって来た自称彼氏は、嫌そうな声を挙げた。

「……興味なさそうですね……。日本文化お好きやのに。」

……つきあうことになって、まだ3週間ほどしかたってないが、驚くほどマメに連絡をよこし、逢いに来るので、薫のことが少しずつわかってきた。

すごく優しい、よく気の利く、爽やかなイイヒト……だと思う。

最初こそ服装にどん引きしたが、それも、その時々につきあう女の趣味が反映されるらしく……以後は気を遣っているようだ。

「わかりにくいしなあ。俺、向こうの日本人学校で一緒やったツレの仕舞の発表会観に行ったことあるけど、マジやばかった。ほとんど寝てた。」

「……まあ……玄人の舞台でも眠いのに素人(しろうと)じゃあ……寝はってもしょうがないでしょうねえ。……てゆーか、そんな風雅なお友達もいるんや。意外。」

言葉も態度もだいぶ砕けてきたあけりに、薫は目を細める。

……かわいいなあ……と。


疑う余地なく、自分にデレデレの薫に、あけりの心も武装を解き始めている。


「いるよ~。今も年に何度か発表会とかあるけど、俺が全く興味ないってわかったら、そっち方面は誘ってきいひんようになったわ。……あ、ほら、うちの師匠の横断幕で、青いのあるやん。あれ、出してるんがそいつ。碧生(あおい)。」

あけりは、すぐに思い当たり、うなずいた。

「『仁義なき競輪道』?……水島さん……薫さんのお友達なんだ……。」

苗字だと他人行儀なので名前で呼んでほしいと言われていることを思い出して、あけりは律儀に言い直した。


薫はうれしそうにあけりの頭を撫でた。

「えらいえらい。あけりちゃんが前向きでうれしいよ。」


……子供扱いされてる……。

多少の葛藤は生じるし、気恥かしいけれど……嫌な気はしなかった。
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