君への轍
「……まあ、俺との時間がなくならへんなら、いいんじゃない?部活。」

さらりとそう言った薫に、あけり片頬を引きつらせて見せた。

「……寛容なふりして釘刺すんや……。」

競走だけ見てると脳味噌まで筋肉の単純バカっぽいけど、話してると普通に頭がいいヒトだと思う。

ファンとは言いながら、お人柄は全く知らなかったけれど……なるほどなあ……ちゃんとモテてきたイイ男だわ、うん。

でも……。

好きになれるかどうかは、よくわからない。

イイヒトだから、素敵なヒトだから、恋するわけじゃない。


あけりは自身の初恋を思い出すと、胸の中がもやもやして、……心臓が痛重いような気がしてくる。


好きという感情は、いつも苦しさと悲しさを伴った。

そして淋しさがプラスされたまま、今に至っている……。



「ゴールデンウィークは家族で旅行とか行かんの?」

別れ際に、薫がそう尋ねた。


……高速を使っても1時間20分かかる距離。

往復で約3時間。

あけりと過ごせる時間は、平日はせいぜい2時間だ。


それでも通ってくる薫の心に少しは報いたい。

……恋じゃなくても、それぐらいは思っている。


「うん。パパさんのお店、掻き入れ時やから。……薫さんの競走、ネットで応援してる。……スケジュールが合えば、徳丸先生のお能も観に行こうかな。」

「……そっか。じゃあ、ゴールデンウィーク最終日は、一緒に過ごそう?」

誘いというより御伺いだった。

あけりは、一瞬胸に去来した動揺を振り払って、こっくりとうなずいた。

薫はホッとしたらしく、次第に顔がほころんだ。

「やった!……じゃあ午前中から、イイ?ちゃんと、夕方6時には帰すから。」

あけりは再び黙ってうなずいた。


意識したくないけれど……頬が熱い……。

これは、期待なのだろうか……。


薫との時間は、楽しいと思う。

彼氏……がどういうものかよくわからないが、かつての自転車仲間とは違う、……もっと……甘えさせてくれる……穏やかで優しい存在。

あけりの知る恋とは異質過ぎるけれど、かけがえのないものだということはわかる。

だから……なるべく、薫のペースに上手く乗りたい。

多少強引でも……いや、かなり強引でも、嫌だと思わなければ、流されてみよう。
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