君への轍
……うわああああ!

気障ったらしい!


心の中でジタバタしているあけりを、薫は愛しげに眺めた。

「来るよ。あけりちゃんが望むなら、万障繰り合わせて、来る。……ちょっとだけになるかもだけど。」


無理しなくていい……。

そう言わなきゃいけないのに……。

「うん。」

あけりは自分の声がやたら満足げなことに、また驚いた。




翌日、登校すると、見知らぬ3年生が訪ねて来た。

「濱口さん?能楽部に入部してくれるって聞いたんだけど。」

「あ……はい。能楽部の部長さんですか?濱口あけりです。よろしくお願いします。」

あけりは慌てて立ち上がって、お辞儀した。

「あー、うん、まあ、部長って言っても去年の部員は私1人やってんけどね。はは。」

部長はそう言って、頭を掻いた。


本当に、1人だけの部活だったんだ……。

「まあ、今年は1年生が1人と……濱口さんが入ってくれるから3人ね。うれしいわ。よろしく。で、これ、入部届。記入してくれる?」

和装が似合いそうな丸顔に大きな瞳。

なんとなく……なんとなくだけど、なんとなく……徳丸先生に似てるような……。


入部届に、名前とクラス、住所と電話番号、メールアドレスを記入していると、先輩は横から覗き込んで自分のスマホに登録し始めた。

そして、あけりがシャーペンを置くのとほぼ同時に、あけりのスマホが震えた。

……素早い!

「これ、私の番号。えーと、一応活動日は火曜と木曜だけど、無理しなくていいから。で、これが当面の土日の予定表。これも全然強制じゃないから。行けそうな日があれば、私に教えて。チケット準備するから。」

「ありがとうございます。……うわ……すごい……徳丸先生、休みなしなんですね。ずっと予定埋まってる……。」

「うん。まあ。ワキ方って少ないから引っ張りだこ?……あ、チケット、ご家族とか、お友達、彼氏の分も欲しければ言って。無料か半額にするから。」

……無料か半額って……ずいぶんアバウトなのね。

「わかりました。先輩は、どのぐらいご覧になってはりますか?」

勝手がわからないので、あけりはそう質問してみた。

すると部長はサラリと言った。

「ほぼ全部?」

「え!?」

さすがに驚いた。

それは……すごすぎない?
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