君への轍
……独りになるの、怖いのかな?

やたらキョロキョロと周囲を気にしているあけりを気遣って、薫はそっと手を差し出した。

いつも以上に、しっかりと手を握り合う。

力強いてのひらにも、たくましい身体にも、あけりは懐かしい安心感を覚えた。

……違うのに。

このヒトは、違う。

似て非なるヒト。

恋しくて恋しくて忘れられないあのヒトは……薫さんほど大きくないのに……私が小さかったから?

指は、もっと長くて骨張っていたわ。

首は、もっと短くて……。

瞳は、もっとギラギラしてるか、冷たいか……両極端で……私のことなんか、これっぽっちも歯牙にかけてなかった……。


比べれば比べるほど、悲しくなる。

薫さんは、優しい。

かっこいい。

そして、私を大事に想ってくれる……。


好きになりたい。

もっと……。

もっと……。

あのヒトを忘れるぐらい……。



自販機で薫は、あけりにコーンスープを、自分には無糖コーヒーを買った。

プルリングを引き開けてから、あけりに缶を手渡す。

「ありがとう。……夜の池って、ちょっと怖いね。……スケキヨの脚が水面から出てきそうで。」

あけりがそう言うと、薫は自分の缶コーヒーを開けながら指摘した。

「スケキヨじゃなくて、青沼静馬だよ。」

……そうだっけ?

テレビで映画かドラマを見た記憶しかないあけりは、首を傾げた。

「正確には、スケキヨのふりをしてた青沼静馬だな。……LAにいた頃、横溝正史は全部読んだし詳しいよ、俺。」

「……金田一耕助と等々力警部……だっけ?」

「惜しい!犬神家には等々力警部は出てへんわ。橘署長。」

本当に、薫は詳しいらしい。

「そうなんや……。私も読んでみようかな。……怖い?」

薫はちょっと笑った。

「うん。けっこう怖いと思う。……とりあえず、夜中に1人でトイレ行けへんくなるかも。……無理せんでいいんちゃう?」

「……うう……。でも、お話ししたい……。」

あけりは、ポツリとそんなことを言った。



薫は一瞬キョトンとして、それから、ようやく気づいた。


もしかして……俺との話題作りのために、読むって言ってんのか?

……マジか……。

うわあ……。

もう、……何も言えねー……。

あけりちゃん……かわいすぎるだろ……。

やばい……。


薫は自分のなかにわき上がるムラムラを必死に押さえ込もうと、缶コーヒーを飲み干した。
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