君への轍
いったいどんなところを見られたというのだろう。

えーと……そう言えば、車から降りて……けっこう見晴らしのいいところで……ハグしてたような……うううう。

「はい。ばっちり。見ちゃった。……彼氏、プロレスラーか何かですか?」

1年生にそう尋ねられ、あけりは思わず笑ってしまった。


……プロレスラーって……。

薫さん、そんな風に見えるんだ……。

確かに、背は高いし、上半身も下半身も筋肉ムキムキだけど……プロレスラーとは筋肉の付き方も質も違うんだけどなあ。


くすくす笑うあけりに、1年生は首を傾げた。

あけりは、笑いをおさめて言った。

「違う違う。確かに身体を使う仕事やけど、そんな華々しいモノじゃないわ。……それより、あなたは……」

「あ。後輩でーす。濱口先輩より先に入部したけど。藤田嘉暎子でーす。」

「藤田……かえこさん?……能楽部?」

「はーい!」

嘉暎子は手を挙げて返事した。

明るい子のようだ。


「かえこさんって、どんな字を書くの?綺麗な名前。……宝ヶ池の近くに住んではるの?」

数少ない部員の1人とわかり、あけりは積極的にコミュニケーションを取ろうとした。


嘉暎子もうれしそうに話した。

「嘉は喜ぶという字の下が口ではなく加えるという字の嘉です。えは、日へんに英語の英です。……どっちも難しい字なので、小学生の時には『かえ』はひらがなで、子だけ漢字でよく書かれて……『子』の字が『る』に見えるってことで『かえる』って呼ばれたんですよ。」

「かえる?……それは……女子にはちょっと……。」

ひどいニックネームだ。

でも嘉暎子はニコニコ笑った。

「ねえ?でも、以来、私、蛙好きなんです。ほら、シーズン入ったでしょ?それで夕べもウシガエルを捕まえに宝ヶ池に行ってて……」

「え?……ウシガエル!?」

びっくりした。

女子校生が、ウシガエル?


「……てっきり、ジョギングか、彼氏さんとデートされてたのかと思ったわ。」

あけりがそう言うと、嘉暎子はクスリと笑った。

「ええ。それも正解。蛙の研究をしてる院生とつきあってるんですよ。」

「……そうなんだ……。」

それって、蛙好きっていう好みが一致したことでつきあい始めたのかしら。

不思議なご縁というか……割れ鍋に綴じ蓋というか……。
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