君への轍
たぶんこの中で一番社交的じゃないのが、あけりだろう。

任じゃない役割だな……。

薫が気を利かせて前に出た。

「ども。水島です。あけりが世話になってます!えーと、かえこちゃんと、しっちくん?」


……呼び捨てにした……。

いや、確かに、オトナの流儀としては、他人との会話で身内には敬称をつけないもんだけどさ……。

は!

身内!?

……いや、まあ、付き合ってるなら……身内……?

うううう。


消化できないあけりを置いて、3人は和気藹々。

「うん。もはや古い車やで。初期のロードスター。今のんはリトラじゃないわ。……へ?カエル?」

薫は、志智と嘉暎子の興味の方向性を察知すると、再びリトラクタブル・ヘッドライトを点灯した。


「かわいい~!」

嘉暎子がうれしそうに声を挙げた。


……かわいい?

嘉暎子のノリに多少ついていけていないあけりの肩を、いつの間にか薫が抱き寄せていた。

「一応言うとくと、そいつのフロントマスクのコンセプトは、能面の『小面(こおもて)』やから。横顔は『若女(わかおんな)』。」


薫の言葉に、あけりも、嘉暎子も驚いた。

「能面?」

「ほんと?」

「うん。ホントホント。こいつ、こんなんやけど、和テイスト満載。リアも。……ほら、これ。わかる?」

薫が車をぐるりと回って、バックランプの部分を指さした。

3つのランプが横に並べてあるが、その形が確かに普通じゃない。

外側に扁平楕円形、真ん中は小鼓を横から見たような形、そして内側は二重丸のように見える。

「……今まで気づかへんかったわ。……これ、なぁに?太鼓と小鼓?……と?」

てっきり、フロントと同じようにリアも能楽つながりかと思った。

でも、違った。

「ブー。これは、分銅。それから……ほら、シートの縫い目。これ、畳モチーフ。」

畳はともかく……分銅?

……そんなマイナーなもの……。


「へえ……なんか……意外だったけど……ふーん……『小面』に『若女』ねえ……。」

嘉暎子は感心したようにぐるぐると薫のロードスターの周りを回った。

すっかり気に入ったらしい。


「……やっぱり今も人気なんすか?この型番。……プレミア付いてたりします?」

志智は、嘉暎子のために、真面目に購入を考えているようだ。
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