君への轍
自分の力が及ばないままならさは、よく理解しているつもりだ。

なすすべもなく、諦め、受け入れるしかないってことが、人生には多々有るのだろう。


あけりの持病もまた、完治しないのならば、薬で誤魔化しながら生きていくしかないのかもしれない。

まだ常備薬というものに縁のない聡は、まるで自分の生涯が薬に支配されているような気がして、ぞっとした。


薬に縛られた人生……か。

考えると鬱々となった。

ため息が勝手にこぼれた。


あけりさんの、笑顔が……見たいな……。



いつまでも遠巻きに眺めて立ち尽くしてるのは、目立つ。

聡は、本を積み上げたまま、あけりの隣の席へと向かった。

座りしなに、無言で会釈した。


あけりが、顔を上げた。

「あ!」

「しぃっ。……何、読んでるの?」

意外と大きな声をあげたあけりにびっくりして、聡は自分の唇に人差し指をあてがった。

あけりは小声で言った。

「横溝正史の『犬神家』。……てゆーか、聡くん、その格好……」

「目立つ?恥ずかしい?」


隣に居ると迷惑かな?

自分的には慣れっこだけど、一緒にいるヒトが居心地悪く感じるのは申し訳ない。


聡はそっと周囲を見渡した。

……まあ、確かに……視線を集めているかも。



「恥ずかしくはないけど、目立つねえ。……てか、ここでおしゃべりは、別の意味で目立つし恥ずかしいわ。出よう。」

あけりがそう言って、椅子からすっくと立ち上がった。

「うん。あ、コレ、借りてくる。」

聡が10冊の本を少し挙げて見せると、あけりは目を丸くした。

「……すご……。そう言えば、昔から読書家やったね。」


塾の始まる前、みんなが宿題の答え合わせをしたり、おしゃべりしている中、聡はいつも本を読んでいた。


「あけりさんは、いっつも賑やかやったね。」

聡の言葉に曖昧な微笑を残して、あけりは自分の読んでいた本を書架に戻しに行った。



10冊の文庫本を借りる手続きを済ませて、受付カウンターを離れると、少し離れたところであけりが待っていてくれた。

「あけりさんは、借りなくてよかったの?横溝。」

そう尋ねると、あけりの頬が少し染まった。

「……持って帰るのも、怖いっていうか……。」

「へ?……怖いのに読んでるの?」


あけりは、う……と言葉に詰まった。
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