君への轍
どう説明すればいいのだろう。

ヘタなことを言うと、薫との関係をバレてしまいそうで……。

あけりは、言葉を選んで慎重に言った。

「ちゃんと原作を読んでみたかったの。昼間の明るい図書館でなら、怖いのもやわらぐ気がして。」

「……いや……。あれって、読んでる時じゃなくて、読後にじわじわくるんじゃない?夜のトイレとか、お風呂とか……」


聡の指摘に、あけりは涙目になってしまった。

……そうなんだ……どうしよう……既に、今、けっこう怖いんだけど……。

宿舎に入ってしまった薫とは、もう連絡が取れない。

薫に泣きつくことは、できない。

……てゆーか!

薫に会えない1週間を有効に使おうと思って、こうして図書館にやって来たのだ。

1日1冊読み切る予定だったのだが……。


「まあ、でも、映画と違って、怖がらせるための作品じゃないしさ。けっこうおもしろいよ?……犬神家はどうしても、スケキヨのビジュアルがインパクトありすぎだからさ、まずは映像で観てない作品から読んでみれば?」

あけりはパッと顔を上げた。

「確かにそうかも。……そうね。そうしてみる。じゃあ、明日は、聞いたことない本を読みに来ようっと。……ありがとう。」

そうお礼を言ってから、あけりは聡の抱えた本の背表紙を覗き込んだ。

「で?聡くんは、何でそんなの読んでるの?『御伽草子』?『増鏡』?あ……『閑吟集』好き!」


……ドキッとした。

あけりの綺麗な顔を至近距離で見ているせいだろうか。

それとも……「好き」という言葉の持つ魔力に捕らわれたのだろうか。


聡は、自分の心臓の鼓動に戸惑いながら、答えた。

「……岩波文庫の赤も青も緑もほとんど読んだから。後は、黄色と白を順番に読もうかな、と。……『閑吟集』って小歌とかだよね。へえ。古典好きなの?」

「うん。……赤とか青とかって……分類よね?え?そんなに読んでるの?すごい……。」


確か、赤は外国文学だった気がする。

あけりも赤や、日本の古典が多い黄色の文庫本は手に取ったことがある。

でも、青や緑には、たぶんノータッチだ。


「別にすごくはないよ。暇やし。……今夜からシンガポールの母親と弟に逢いに行く予定やから。飛行機の中で読もうと思って。」

聡は事も無げにそう言った。


「あ……そうなんだ……。シンガポールかあ。いいなあ。」
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