君への轍
異国への憧れを、あけりは素直に口に出した。

聡はうれしそうにうなずいた。

「いいとこだよ。僕は半分シンガポーリアンやからね。……あけりさん、行ったことある?」

「うん。小学生の時に1度だけ。真冬に行ったのに、向こうはまるで京都の夏だったわ。……てか、一年中京都の夏みたいなのよね?」

「確かに。気温も湿度も高いしなあ。ちょっと走ったら汗だくなるわ。……小さい島だから、ピストレーサーでぐるっと回れちゃうんだけど。シマノのサイクリングワールドとかもあって、自転車乗りには楽しいところだよ。」

「……懐かしい。私も回ったわ。丸一日かけて。楽しかったなあ。びわいち(琵琶湖一周)よりテンション上がるよねえ?」

あけりの言葉に、聡はうなずいた。

「赤道直下だからか、異人種いっぱいだからか……ヒトがみんな大らかで、明るいよね。……てか、そっか……あけりさん、向こうでも自転車乗ったんだ……そっか……。」


しみじみ言われると……なんか、恥ずかしくなってくるわ。

あけりは、目の前の、周囲から完全に浮いている派手なサイクルジャージとぴちぴちのレーサーパンツの聡を凝視できず視線を落とした。

まだやせっぽちの小学生女児とは言え、似たような格好でひたすら自転車に乗ってたのねえ……私も。



「……そろそろお昼か。……あけりさん、ランチどうするの?帰宅するの?」

聡が、左手首を見てそう聞いた。

時計より大きな盤面の液晶が光っていた。

アップル・ウオッチのようだ。

「考えてなかった。……お腹がすいたら帰ろうかな……ぐらい?」

とりあえず1冊読んでしまう予定だったが、お昼と聞くと、何となくお腹がすいてくるような気がしてきた。


「……ふうん。……じゃあ、一緒にどう?」


まさか聡に誘われてるとは思っていなかったあけりは、目を見張った。

無碍に断わるのは失礼だろう。

あけりは意識して笑顔を作った。

「いいね。……何、食べる?どこ、行く?」

「今日、天気がいいからさ、外で食べない?」

「外?……オープンカフェ?」

継父の商売の関係で、あけりはあちこちのカフェにはよく行く。

でも、聡の思惑は違ったようだ。

「いや。河原で、弁当。」

え……。

お弁当……。

聡くん……変わってるかも……。
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