君への轍
返答に窮してるあけりに、聡は苦笑した。

「ほら、北大路橋西のさ、昔からある洋食屋さん。あそこで弁当買って、河原で食べるの、好きなんだ。」

「ああ……いつもヒトがいるところ。」

車から見たことがある。

「うん。うちの祖父が好きで、昔からよく利用しててね。……先に行って、あけりさんの分も注文しとくから、ゆっくり来ればいいよ。何がいい?肉、魚、揚げ物、ハンバーグ……。」

「えーと、じゃあ……揚げ物以外で。」

「牛、豚、鶏、どれがいい?」

「豚肉。……生姜焼きとか……。」

あけりの返事を聞いて、聡はニッと笑ってうなずいた。

「了解。じゃあ、後で。……ここからだと……バス、乗り継ぎかな?」

「……あ、私、タクシーチケット持ってるから。……聡くん、その本。今だけ、預かるわ。10冊も、ペダリングの邪魔でしょ?」


聡は、リュックもウエストポーチも持っていない。

当たり前だが、プロ仕様のピストレーサーには荷台もカゴもついていない。

たぶんエコバッグか何かに入れてハンドルにかけるのだろう。

小さな文庫本とはいえ、10冊は嵩張る。


でも聡は片手をひらひらと振った。

「大丈夫大丈夫。馴れてるから。……じゃあね。何かあったら連絡して。」



……行っちゃった。

お弁当……か。

何か、不思議。

聡くんって、こんなヒトだっけ?

丸眼鏡のぽにゃんとした、見るからに鷹揚なええとこの子ぉやったイメージなんだけど、……むしろ、ワイルドというか、たくましいというか……。

シンプルでフレキシブルなのかな。

薫さんに憧れて自転車を始めたって言ってたっけ?

でも、なんとなく……薫さんより、勝負根性が強そうな気がする。

……どちらかと言うと……泉勝利タイプ……だったりするのかな。

自己チューで激しい泉のレースを思い出して、あけりは、ため息をついた。



明日の番組、もう決まったかしら。

薫さん……また師匠を引っ張るのかな。

……2人で……勝ち上がってくれるといいな……。




表通りに出ると、すぐにタクシーに乗車できた。

親切な運転手は、信号の少ない抜け道を縫うように走ってくれたので、10分かからずに店に到着できた。
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