君への轍
「……へえ。顧問の先生って、玄人(くろうと)さんなんや。……あけりさんも、仕舞い始めるの?」

聡が「も」と言った意味をよく考えず、あけりは首を傾げた。

「うーん……わかんないけど……仕舞いは無理かも。とりあえず、鑑賞と……謡いは、やってみようかな……。」

曖昧なあけりに、聡はほほ笑んだ。

「無理のない程度に、やってみれば?仕舞い、カッコイイと思うよ。……えーと、土日だよね?師匠がレースに出てる時ならいつでも大丈夫だよ。」

師匠……は、もちろん薫だ。

あけり自身も、薫がレースで留守してる時だけのつもりだった。


「そうね。じゃあ、ゴールデンウィーク終わったら、また連絡するね。」

そう言って、あけりは空になったお弁当の蓋を閉めた。

横に置いておいたペットボトルを手に取る……と、横から聡が奪った。

「おー。待ってる。……はい。どうぞ。」

さらっと、当たり前のように、聡はボトルのキャップを開けてから、あけりにペットボトルを返してくれた。

「……ありがと。」

薫さんと同じ……聡くんも、高校生男子のくせに、当たり前にこんなことできてしまうんだ……。

お母さんが外国の人だから?

すごいなあ……。


「さ……てと、僕はそろそろ帰るけど、あけりさん、どうする?……心配だから、送っていきたいんだけど。」

心配!?

あけりは、マジマジと聡を見た。


……本気で言ってる……。

うれしいような、気恥ずかしいような……。

「……帰るけど……別にいいよ?昼日中(ひるひなか)だし、家に帰るだけだし、何も心配すること……」

「あけりさん、自分がめっちゃ綺麗って、自覚したほうがいいよ。朝だろうが昼だろうが、変なのはいるから。……送るわ。」

すっくと立ち上がった聡の頬が赤い……。

釣られてあけりも赤くなった。

「……ありがと。……何か……照れるわ。」

「……うん。僕も。……でもまあ、今さらだよね。……開き直らせてもらうよ。」

聡はそう言って、あけりからゴミを受け取った。

……開き直らせてもらう?

どういう意味?
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