君への轍
あの日、あけりと再会した時、師匠と一緒だった。

あけりは、以前から師匠のファンだと言っていた。

……でも、あの時、あけりは、師匠を「水島さん」と呼んでいた。

そして、師匠はあけりを気に入っていた……。

導き出される答えは自ずと見えてくる。



師匠、あけりさんに手を出したな……。



胸の奥で、ちりちりと嫌な熱を持った疼痛を感じたが、聡はおくびにも出さずに話を続けた。

「本当は『にほ』さん。……彼女に初めて会った時ね、素敵なヒトだと思ったんだ。でも、父が彼女にぞっこんでね……すぐに家族愛に切り替えたんだ。若い継母に惚れる高校生の義理の息子なんて、笑えないだろ。」

「……お継母(かあ)さんのこと……好きだったんだ……。」


あけりはさりげなく相づちを打ったつもりだったが……動揺していた。

本当の話なのだろうか。

聡がつまらない嘘や冗談をわざわざ言うとは思わないけれど……。

好きなヒトが、なさぬ仲とはいえ、戸籍上は親になり、家族になる……なんて、悲しすぎる……。

あけりには、その苦しさがよくわかった。

……あけりも……同じように苦しんだから……。



「好きかもって自覚したときには既に父のモノだったよ。」

聡は苦笑してから、表情を引き締めた。

「……それから、あけりさんのことを思い出した。……あけりさんは、他人のモノだからって諦め切れなかったのかな、って。……とっくに切り替えて、ちゃんと別のヒトを好きになっていてほしいな、って。」

「……。」

ビクッと、勝手にあけりの身体が震えた。

言葉が出ないまま、あけりは、聡を見つめた。

瞳が激しい動揺を隠せていない。


……なんだ……。

今でも、その既婚者のこと……好きなのか……。

かわいそうに……。

あけりさんも……師匠も……俺も……。



聡は、ふっと笑った。

「そっか。大変だね。……まあ、不倫はダメとか正論言うつもりはないよ。……よほど、イイ男なんだろうね。あけりさんに何年も何年も想ってもらえるなんて。……定期的に逢うヒト?」

ホロリと、あけりの瞳から涙がこぼれた。

……泣いちゃった……どうして……私……。
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