君への轍
慌ててあけりはハンカチを出した。

無言でそっと涙を拭って、顔を上げた。

そして、なるべくクールに言った。

「逢ってない。でも、知ってる。……ストーカーみたいに、今どこで何してるか、いつも気にしてる。」


聡は、前を見たまま……あけりの涙には触れずに言った。

「……つらいね。何年もそんなのが続いてるんや。」

「……。」

あけりの返事はなかった。

聡も何も言わなかった。



しばらく2人は黙って歩いた。

新緑の木漏れ日が清々しい。

賀茂川を渡る初夏の風もまた、心地いい。

キラキラした水面を眩しそうに見て……あけりがポツリと言った。

「誰にも言わへんって、約束して。」

「……へ?」

突然約束を迫られて、聡は驚いてあけりを見た。

あけりの青白い顔に、瞳だけがらんらんと輝いていた。

瞳孔が開いてる?

「あけりさん?……しんどい?」

「別に。……それより、他の誰にも絶対に言わないでほしい。ご家族にも、お友達にも……水島さんにも。」



わざわざ師匠の名前をつけ加えた……。

絶対に師匠には知られなくない、ってことか?

……やっぱり、師匠とあけりさん……連絡取って、逢ってるんだ……。

もしかして、既に、つきあってるんだろうか。


多少意地悪な気持ちがムクムクとこみ上げてきた。

聡はうなずいて、それからイケズを言った。

「わかった。……無理しなくてもいいよ。師匠のこと、さっきは名前で呼んでたで。」


みるみるうちに、あけりの白い頬がピンク色に染まった。



……あ……失恋気分かも……。

諸刃の剣に打たれて、聡は苦笑した。

「……まあ、それはいいとして、何やろ?内緒話。」


無意識に薫を名前で呼んでしまってたらしいことを指摘されて、あけりは完全にテンパった。

それで、カッとなって、つい積もりに積もっていた文句を言ってしまった。

「内緒話、キャンセル!言わない!教えてあげない!……それより、ずっと聡くんに文句言いたかったんやけど!私の初恋の話、べらべらと他のヒトに話さないで!デリカシーなさすぎ!」


……怒ってる……。

けっこうマジに怒ってる……。


聡は、笑いを堪えて、神妙に頭を下げた。

「ごめん!確かに、デリカシーなかった!……その話、師匠にしかしてへんけど、拡散されへんように口止めしとくわ。」


……言ってるうちに、やっぱり笑えてきた。

あけりさん、墓穴掘りまくり。

かわいいなあ……。

やばい。

必死すぎて、かわいすぎる……。

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