君への轍
自分とは違うモノの見方と見解を持っているらしい聡に、あけりは話してみたくなった。

……独りで抱え続けている闇を……。

「母の、前の旦那さんなの。」

突如、あけりはそう言った。


聡は、一瞬、何の話かとキョトンとした。

でも、あけりの頬が紅潮しているのを見て、すぐに思い当たった。

「……初恋……お継父(とう)さんだったの?……それは……」


そうか。

確かに、年の離れた、既婚者……だな。

そして、僕がにほさんを好きになったのと同じ……?

ああ、それで、こうして話してくれる気になったのか……。


聡は思いを巡らして、言葉を選んで言った。

「……わかるよ。抑えようのない思慕も、絶望的な気持ちも。……例え、2人が離婚しても、一旦、親子関係になってしまったら……もう結婚はできひんしなあ。」


あけりの両の瞳にみるみるうちに涙が溜まった。


絶望的……。

……絶望……。

そう……なんだ……。

わかってるはずだった……。

もはや、逢うことすら、かなわないヒト……。

忘れたいのに、忘れられなくて……。

……逢いたい……。


「聡くん……イケズ……」

あけりはそう言って、ポロポロと涙をこぼした。


聡は、手を伸ばして、あけりの握りしめているハンカチを奪った。

そしてあけりのハンカチで、頬を伝う涙を押さえた。


「……うん。イケズやったかも。ごめん。……でも、そういうことなら、今、無理やり師匠に依存する必要もないんじゃない?」


あけりは驚いたように、聡を見上げた。


ピストレーサーに乗ってると、ひょろひょろの黒い牛蒡みたいなのに、こうして触れ合うほどそばにいると、聡の身体のたくましさを実感する。

薫さんほど胸板が厚くないけど、引き締まった筋肉がしなやかで美しい。


……あけりの恋い焦がれてやまない元継父の体型に近いかもしれない。


「あけりさんに必要なのはさ、……自信、だと思うよ。それも、ヒトから愛されることで得るような不確かなものじゃなくて……自分で自分を信じてあげないと、いつまでたっても、そこから身動きできないと思う。」

聡はそう言って、あけりの頬にはりついた一筋の髪に触れた。
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