君への轍
つややかな髪をそっと、あけりの耳に添わせて、ついでに頭を撫でてみた。

まるで犬か猫のように、少し目を細めたあけりが、かわいくてかわいくて……そのまま抱きしめたい衝動に駆られた。


「こんなに綺麗で、頭も良くて……性格もかわいらしいのにね……。健康って、当たり前じゃないんだな……。」

聡のつぶやきに、あけりの表情が微妙に歪む。

「失って気づく、ってよく言うけど、ほんとね。健康って基本だわ。そこが欠けると、自信なんて……持てない……。」

性格云々に、京都人としては多少のひっかかりを感じるが、あけりはスルーした。


かつてほど、まっすぐじゃなくなったことは自覚している。

口をへの字にして、あけりはうつむいた。



……やっぱり、かわいい。

気の強さは昔と変わってないんだな。

聡は、ほほえんだ。

「……でも、こうして散歩できるだけで、心が満たされない?別に、自転車に乗れなくても、走れなくてもさ。……こうして一緒に歩けて、僕は幸せだな。」


幸せ?

……幸せって……何だろう……。

あけりは、ぼんやりとそんなことを考え始めた。

よくわからない。


「……私、幸せって思ったことないかもしれへんわ……。」

抑揚のない声だった。

聡は、驚いてあけりを見た。

「マジで?……え……でも、ほら……好きだったお継父さんと一緒に暮らしてた頃は?」


かほりは悲しそうなほほ笑みを浮かべた。

「……私、かわいがられてなかったから。」

「へ?」

い、意味がわからない。

聡はマジマジとあけりを見た。


……かわいがられていない?

かわいがってもらったから、慕ったんじゃないのか……。

てか、かわいがってもらえないのに、こんなにも長く思慕が続くのか?


あけりさんって……精神的にマゾってことか?


……でも……信じられないな。

小学生の頃のあけりさんって、誰からもかわいがられていたのに。

女子にも男子にもモテモテ、父兄も、学校の先生も、塾の先生も……誰もがあけりさんを目を細めて見ていたのに……。

「お継父さん、変なヒトだね。……あ!思春期の女の子だし、気を遣っていたとか?」

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