君への轍
聡は、安堵のため息をついた。

「……よかった……。」

脱力する聡に、あけりは首を傾げた。

聡は苦笑して言った。

「だって、血縁関係もなければ、親子の情もないんだろ?……言いたかないけど、あけりさんが、好きって気持ちだけで猪突猛進したら、……そのまま、喰われそうで……。」

「……あー……。」

低い声で、自嘲的にあけりはうなずいた。


「……否定してよ。」

聡もまた低い声で呻いた。

あけりは、しれっと言った。

「だって結婚できないなら、せめて、初めての相手に、とは、ずっと思ってたから。」

「アホか!」

思わず、聡はそう言って、あけりのおでこを指で勢い良く弾いた。


……デコピン!?

けっこう痛い。

でも、痛みより、衝撃の大きさに、あけりは驚いた。


「……痛い……。」

「アホなこと言ってっからだよ。……あけりさん、後ろ向き過ぎ。そんなしょーもないことずっと考えてたら、そりゃ、前に進めんわ。あー、あほらし。」

珍しく、聡は怒っていた。

自分でも、驚くぐらい激昂している……。


たぶん、既に師匠とあけりが関係してたとしても、ここまで腹が立たなかっただろう。

あけりを他の男に取られたくない……なんて、おこがましいことまでは思っていない。

ちゃんと好きなヒトと結ばれるのなら、むしろ喜ばしいことだとは思う。

もちろんちょっとくやしいけれど、別に処女性にこだわることもない。


……聡自身も童貞だから、あけりの気持ちもわからないではないが……いや!わかってたまるか!

聡は、あけりをキッと見た。


あけりは、まるで知らない男のような気分で聡を見ていた。

小学生の頃とは、やっぱり別人だわ。

こんなにまっすぐ、私を見ることさえできなかったのに……。

強い意志を込めた瞳から、あけりは目を離せなかった。


「……だって……何もないんやもん……。」

あけりはくやしそうにそうつぶやいた。


聡はあけりの顔を覗き込んで、続きを促した。

「ん?」

表情が和らいだ……ことに、少しホッとして、あけりは話した。

「あのヒトの気を引けるもの、何もないから……。本当は、自転車で活躍したかったの……。」

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