君への轍
「……競輪選手になりたかったの?」

数年前から、女子の競輪選手も復活している。

ガールズ競輪と名付けられた女子選手だけの競輪は、聡にとっては迫力に欠けた余興にしか見えない。

しかし、実際に走っている選手たちは1レースに生死を、人生をかけている。


あけりは力なく首を横に振った。

「そこまでは……。ただ、あのヒトの目に止まりたかったというか……。」

「……自転車乗りなんだ……。ああ、そっか。……シンガポールを走ったのも……元お継父さんとだったんだ……。」

「もと、おとうさん……」

聡の表現が、何だかあけりには、笑えた。



あけりには、たぶん3人の父がいる。

今のパパさん、濱口猛志は、母の再婚相手。

そして、あけりの恋い焦がれてやまない……あのヒトは、母にとっては最初の夫。

本当の父、つまり、あけりと血の繋がりのある父親は、誰だかわからない。



母のあいりは、好きなヒトの子供を身籠もったことを、相手にさえ告げないまま出産した。

いわゆるシングルマザーとしてずいぶんな苦労をしたようだが、実家にも、子供の父親にも頼らなかった……いや、頼れなかった。

古い街の価値観どっぷりの旧家で、女子校生の出産が受け入れられるわけがなく、半ば逃げるように親戚の家に身を寄せた。

あけりを保育園に預けられるようになると、母のあいりは昼はカフェで、夜はクラブで働いた。

若いとは言え、無理な生活を何年も続けて、あいりは肝炎を患ってしまった。

入退院を繰り返しながらのあいりを、陰になり日向になり支えてくれたのは、昼のバイト先のカフェのオーナー……つまり、濱口剛志だった。

剛志の勧めで、あいりは夜のクラブ勤めを辞めて、剛志の会社の正社員になった。

わざわざあいりのために、剛志は福利厚生を見直し、働くママたちのサポート態勢を整えた。


ようやく生活に不安がなくなった頃、あいりは入院していた病院で出逢った男と恋に墜ちた。

「ママより先に、私が見つけたの……。でも、話し掛けても、返事もしてくれなくて……。なのに、ママとはすぐ仲良くなってはって。」

あけりはやるせなくそう言った。
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