君への轍
「……元お継父さんも、入院されてたの?」

「うん。鎖骨を折って。……擦過傷でずる剥けの真っ赤な脚でローラーに乗ってたの。病院にローラーを持ち込んで、汗をボトボト流しながら自転車を漕いでるの。……びっくりしたわ。」

……それって……。

聡は息を飲んだ。

ただの、自転車乗りじゃない。

趣味で自転車に乗ってる程度なら、最低価格でも10万円以上するローラー台なんか持ってるわけないし、わざわざ病院に持ち込む必要もない。

何より、骨折や怪我が治るまでぐらい、休んでも何の問題もない。

逆に、骨折しても、筋肉を落としたくない……脚力を維持したいってことは……プロだ。


「……競輪選手……?」

聡は確認するようにそう尋ねた。

あけりは、黙ってうなずいた。

「……そっか。……それで……師匠のこと……知ってたんだ……。そっか……。」

聡の中に、さっきまであった余裕のようなものが、消えていく気がしてきた。

あの日、僕を媒体に、あけりさんと師匠は出逢った……。

でも、師匠もまた、あけりさんとその元お継父さんを再び結び付けるための、媒体なのかもしれない……。

……いや。

まだ、わからない。

たとえそうだったとしても……あけりさんの元お継父さんは今は別の家庭を持っている。

あけりさんのほうに、どれだけ未練があっても、元親子としては歓迎されることはないだろう。

女性としてのあけりさんはとても綺麗だから……元お継父さんも、邪(よこしま)な気持ちを抱いてしまうかもしれない。

僕が、牽制しなきゃ。

あけりさんを守らなきゃ。

聡はそう決意した。

「じゃあさ、元お継父さんの出待ちしよっか。レースの最終日に。……まだ現役なんだよね?……そういや、師匠には?言ってないの?師匠のコネを利用するという手も……」

最後まで言うことはできなかった。

あけりの美しい顔が……ぐにゃりと歪んで見えた。

まるで能面の般若のように……いや、どちらかと言うと生成(なまなり)かな。

……眼の回りが赤い……。

風で乱れた髪を掻き上げながら、あけりは言った。

「……言ってない。知らせたくない。……できたら、知らないままでいてほしい。」

……師匠の知り合いなのか。

同地区?

同期?

同県?

同支部所属?

練習仲間?

チカッと閃いた。

……待て。

どんなヒトだと言った?

冷たいけど、熱いヒト?

我が子の夜泣きから逃げ出す、非道な男?

……どうしよう……。

わかってしまった。

それって……もしかして……

「泉勝利?」

聡の問いにうなずいたあけりは、なぜか微笑していた。


……師匠の師匠だ。

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