君への轍
その夜、あけりの心をなぐさめてくれたのは、聡のシンガポール土産の紅茶だった。

ゴージャスな薔薇の香りに金箔が漂うレアな限定品に、カフェを経営する継父も相好を崩した。


ほのかな甘さに癒やされて……あけりは、いつの間にか眠りについた。


夢の中でも、泉は不機嫌モード全開で、薫に八つ当たりしていた。

……でも薫には申し訳ないけれど……よかった……。

怒る元気があるってことよね。

とりあえず、心が折れてらっしゃらないなら、いい。

大変だろうけど……しょーりさんなら、大丈夫。

努力をヒトには見せないけれど、真面目にコツコツ積み上げているからこその強さだって、知ってるから……。




翌朝、あけりは、自分でも驚くほど、晴れやかに目覚めることができた。

東の空に向かって手を合わせた。

どうか、しょーりさんの怪我が1日も早く治癒しますように。



お昼前に、聡と待ち合わせて、京阪電車の京津線で滋賀方面へと向かった。

浜大津で乗り換えて、三井寺の最寄り駅で下車した。


「……こんなところに能楽堂があるって知らなかった……。」

「うん。僕も。伝統芸能会館だって。……シテ方が滋賀のヒトなんだねえ。」



せっかく聡と出かけるなら……と、手頃な能の公演を検索したところ、ココを見つけた。

ダメ元で能楽部の部長の徳丸に連絡を取りお伺いをたてると、あっさりとチケットを手配してくれた。

……どうやら、徳丸先生が出演されていても、いなくても、ほとんどの舞台のチケットが常に潤沢にあるらしい。



まるで公立の体育館のような平屋の建物の入口を入ってすぐのところに、徳丸部長が待っていてくれた。

「濱口さーん!……え……彼氏?彼氏?彼氏!?」

あけりのすぐ後ろをぴったりとくっついてきた聡を見て、徳丸部長は目に見えてテンションを上げた。


友達です……と言おうとしたあけりより先に、聡がすっと頭を下げて挨拶した。


「はじめまして。東口聡と申します。今日は、急なお願いを快諾してくださったそうで、ありがとうございました。……6年前から彼氏志望の友人です。残念ながら。」

何を言い出すかなあ!?
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