君への轍
「そうそう。今は、白い鉢巻きで蝋燭を2本立てるみたいだけど、五徳のほうが怖いよね。罪人っぽいというか……。」

かく言う聡は、ニコニコしていた。


「……聡くん、楽しそう……。」

「うん!すっごく、おもしろかった!勉強になるし、やっぱりイイねえ。」


……いい?

「恨めしや、って言ってたよね?いたわしや、とか。」

耳に残ったワードを挙げると、聡が詳しく教えてくれた。

正確には覚えてないけれど……とか言いつつも、謡曲も頭に入っているらしい。

「恨めしや、御身と契りしその時は……って、男の浮気性を知らず、ピロートークを真に受けちゃったんだろね。」

「……うーん、昔も今も……変わらないのね……。」

苦笑すると、大まじめに聡はうなずいた。

「うん。そう思う。てかさ、昔のほうが語彙が豊富だからさ。ちゃんと綺麗な言葉なのに伝わるんだよね。ほんと、素晴らしいよ。」


……なるほど。

そういう観点で謡曲を楽しんでいるのか。

あけりは、聡からもっと色々な演目の話を聞きたいと思った。

まあ……来週も楽しみってことで……いっか。




翌日は、一応、能楽部の活動日だった。

あけりは、前日のお礼にと母の準備してくれたお菓子と、継父が会社から持ち帰った新製品のコーヒーセットを携えて部室へおもむいた。

引き戸を開けると、徳丸部長と、嘉暎子が、あけりを見るなり、微妙な顔になった。

「……こんにちは。部長、昨日はありがとうございました。」

「あ。うん。いや。こちらこそ……。」

ごもごもと、歯切れの悪い対応に、あけりは違和感を覚えた。


嘉暎子が前に出てきた。

「あけり先輩!昨日は、薫さん以外の彼氏候補者とデートだったそうですね!」

「……あ……え……いや、そういうわけじゃ……」

問い詰める気満々らしく、嘉暎子の目がキラキラ輝いていた。


……こ、怖い……。

あけりは、観念して答えた。


「聡くんは小学校の時から知ってる友人なの。……で、聡くんの自転車の師匠が、薫さん。」


嘉暎子は納得したようにうなずいた。


「え?何?自転車の先生なの?」

と、徳丸部長には、まだわけがわからないようだった……。
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