君への轍
でも……。

「聡くんって、普通に大学行って、就職する気がしないんですけど……。確か、会社の経営者一族だし、聡くん自身も進学校に通ってはいはるけど……、本気で高校出たら競輪学校受験する気かもしれないんですよね……。」

「え!そっちも競輪選手!?……あけり先輩、どんだけ競輪好きなんですか……。」

嘉暎子にそう言われて、あけりは頬をあからめつつ反論した。

「確かに競輪は好きだけど、聡くんが自転車乗りになるなんて、小学生の時には思いもしいひんかったけど。……その頃は、私も自転車競技してたのよ、これでも。」


「へえ?……濱口さん、体育はいつも見学って聞いたけど……生まれつき身体が弱いってわけじゃなかったの?」

部長は、父からあけりの持病までは聞いていないらしい。

親子でも、個人情報は漏らし合ってないということだろうか。


あけりはうなずいて、なるべく重くならないように、さらりと言った。

「はい。むしろ自分は身体が強いと思ってました。でも中2の時、それまでより息切れすることに気づいて……病気がわかりました。」

「……そう。くれぐれも無理しないでね。父に、仕舞いは辞めたほうがいいと聞いてるけど、謡いも自分のペースでいいから。」

部長の言葉に、あけりは慌てて言った。

「あの!謡い、興味あります!やってみたいです。……昨日の、恨めしや……って、言いたいです!」


「そこ!?……や、いいけどさ。けっこう難しいよ?」

「はい!頑張ります!」

「……程々にね……。えーと、『鐵輪』(かなわ)ね。……濱口さんなら『求塚』(もとめづか)もいいかも……あ!今年の文化祭でさ、『求塚』しよっか!あれ、序盤は乙女達が若菜を摘んでるのよね。……濱口さんも、ただ歩くだけなら身体に負担かかんないんじゃないかな?……装束、重たいかしら?」

「え!着たいです!やります!やらせてください!」


心配そうな部長と、気合いに満ちたあけりをよそに、嘉暎子はいつの間にかお茶セットを片付けて、鏡の前で仕舞いのお稽古を始めた。

マイペースだけど真面目な子のようだ。



ところで、モトメヅカってどんな話だろう。

歌舞伎では「求女」(もとめ)って、若い美貌の青年の名前だったりするんだけど……美少年のお墓?
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