君への轍
振り向くと、黒い大きな車が近づいてきた。

四角いボックスカーの運転席から薫のたくましい腕が出て、手を振っている。


……いかつい車……。

何で、ガラスが黒いの?

柄が悪いというか……なんか……ヤンキー通り越してヤクザみたい……。


あけりは車にドン引きしつつ、会釈した。

「すごい車ですね。」

「……あ……あけりちゃん、嫌そう……。」


バレバレだ。

ホント、薫さん、目ざとい……。

「こんなに大きいと思いませんでした。これ、何人乗りなんですか?……失礼します。」

何となく、ぎこちなさを自覚しつつ、あけりは助手席に乗り込んだ。

座席は、座りやすい。

「フットレスト?」

「ああ。オットマン。使って。楽だよ。……師匠がゆったり座りたいって、勧められてね。エルグランドとアルファードの二択で、エルグランド。……これでも、こっちのほうがヤンチャじゃないんやけど。」


……師匠……そっか……しょーりさんが……。

泉の意志だと言われると、あけりには何も言えない。


おとなしく、座って前を見ていると、信号が赤に変わった途端、横から薫の手が伸びてきた。


ひゃっ!


思わず首をすくめてしまった。




緊張してる?

よくわからないけれど、何となく壁を感じて、薫は髪に触れただけで手を引っ込めた。


「……ごめんな。昨日。約束してたのに。」

「いえ、そんな……。……泉さんのそばについてさしあげてください……。……薫さんがいらっしゃったら……心強いでしょうから……。」

あけりは、言葉を選び選び、そう言った。


泉が薫のことを気に入っていて、彼にとっての最上級でかわいがっていることは明白だ。

真面目で素直な薫に、八つ当たったり、からかったりして、甘えているのだろう。

……奥さまはともかく……薫さんがついてくださることが一番いい気がする……。

自分には何も出来ない歯がゆさは、もちろんある。

だからこそ、あけりは薫にお願いし託した。


でも、薫にはあけりの事情はわからない。


ただ……競走に行く前には「いける!」と思っていたのに……何だ?これ。

心が、通わない。

あけりの気持ちが……見えない。


この1週間の間に、何があったんだ?
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