君への轍
「……あけりちゃん……何してた?ゴールデンウィーク中。」

突如そう聞かれて、あけりは薫を見た。

いつもと違う……。

「毎日、図書館に通ってました。……図書館の閲覧室で横溝正史を読んでました。」

「え!?」

薫は驚いた顔であけりを見て、慌ててまた前を向いた。


「……もしかして……独りで読むのが怖かった?」

そう尋ねた薫の声に、少し笑いが含まれているような気がした。


あけりは、うなずいて、それから言った。

「うん。図書館なら大丈夫かなって思ったんだけど……やっぱり、夜とか思い出して怖くって……聡くんにアドバイスしてもらって、映画化されてない作品から読んだの。どれもおもしろくて、結局有名どころも読んじゃった。……映画の浅さがよくわかったわ。」

「……ああ。聡も本の虫だったな。へえ。……どれがおもしろかった?」

「うーん。たぶん横溝らしいのは『獄門島』『八つ墓村』なんだろうな。怖いけど、読み応えがあったわ。でも1番好きなのは『三つ首塔』!ドキドキしたわ。」

「え?」

薫は、運転中なのに、マジマジとあけりを見て……また、慌てて前を向いた。


……あれって……ヒロインが強引にヤラれちまうんだよな……。

結果的にはハッピーエンドかもしれないけど……あけりちゃんって……やっぱり、絶対マゾだ……。


「……けっこう……倒錯してるよね……。」

エログロと言おうとして、薫は「倒錯」と言い換えた。

いずれにしても、清純な女子校生と詳細を語り合える作品じゃない。


でもあけりはむしろ目を輝かした。

「恋愛小説ですよね。あれは。」

「……むしろ、江戸川乱歩っぽくない?あの作品って。」


そう言われて、あけりはようやく薫の言いたいことがわかった。

「ああ。そういう意味でしたか。……まあ、確かにあの時代ならショッキングだったのかしら。」

「……今でも充分ショッキングだよ。」


ドラッグ、レイプ、SMショー、同性愛、近親相姦……。


何となく盛り上がらないことを悟って、あけりのテンションが下がった。

「横溝正史って、いろんな作品を書いてるんですね。今度は時代小説を読もうかと思ってます。」


通り一遍なコメントで締めると、何となくため息をついた。



……薫さんとお話ししたくていっぱい読んだのに……。

こんなはずじゃなかったんだけどなあ。
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