君への轍
「……乗せていただいてるのに、文句なんてありません。何でもいいんです。ほんとに。……新車も、薫さんの気に入られたものにしてください。」

あけりは、じっと薫を見つめてそう言った。


でも、薫の顔が淋しげに陰った。

薫は、むしろ、あけりの好みを知りたかったし、喜んでほしかった……。

それだけのことなんだけど……あけりの心に負担をかけていたのだろうか。

……重いのかな?……俺……。



うまくいかない時は、本当にうまくいかないものだ。

薫は、これまでの嫌な経験を思い出し、口をつぐんだ。

それまで上手くいっていた彼女が急によそよそしくなる……。

競走や合宿で1週間ほどの空白期間に……。

そんな時、たいてい理由は……他に男ができたとか……まあ、そんな類いだ。

あけりとはまだ発展途上中。

他の男に横からかっ攫われたのだろうか。

……いや。

そう判断するには時期尚早だろう。



薫は気を取り直して、後部座席から紙袋を取って、あけりの膝に置いた。

「お土産。」

「……ありがとう。でも、こんな、毎回……いいです。わ!ジャージ!うれしい!……え?東北?九州?」

大きな紙袋の中には、派手なジャージと、いくつものお菓子の箱が詰まっていた。

「うん。今回、けっこう同期が多くてさ。いっぱいもらったから。どれも美味いわ。」

「ありがとう。次の部活の時に持って行こうかな。……あ、そうだ。薫さん、嘉暎子さんだけじゃなくて、部長にも誘われてました。お能。……一応、お伝えしときますね。」

あけりがそう報告すると、薫はちょっとほほ笑んだ。

「そっか。部長さんにも伝わってるんだ。俺のこと。……ありがと。それで充分。……能は……うーん、そうだな、途中で寝ても怒らないなら誘って。」

「はい。」

あけりも、微笑してうなずいた。


……ギクシャクしたまま、離れるのは忍びない。

やはり、笑顔でバイバイしたい。


そんな想いが、2人の表情を笑顔で固めた。
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