君への轍
「……さすがだな。弁当食ってる、箸の上げ下ろしを見て、茶道の嗜みがあるんだろうと思ってたけど……完璧。扇の扱いも、問題なさそうだな。」

徳丸はそう褒めたが、あけりは大慌てで手を横に振った。

「それは無理!大きさが違い過ぎますよ。茶扇子と舞扇じゃ……倍ほど違うんじゃないですか?」

そもそも茶扇子は、ご挨拶の時に自分の前に置くぐらいしか使わない。

「ね、濱口さんは仕舞いはしないんだから、扇の扱いはいいんじゃない?」

「……そうだった。」

徳丸は舞扇を片付けて、とりあえず、大きな声を挙げてみるようにと言った。

あけりはお腹に手を当てて複式呼吸を意識して声を出した。

「あーーーーー……」

思ったよりも声が出なかった。

昔は奇声を上げて走り回ったのに……今は、音楽の授業でもあまり大きな声を出すことはないし、カラオケにも行かない。

あけりは、首を傾げてもう一度大きな声を出してみた。

「あーーーーっ!!」

……やっぱりイマイチだ。

誘発されたらしく、嘉暎子が大声を出した。

「あーーーーーっ!!!」

めちゃめちゃ高い、大きな声に、あけりは思わず振り返った。

「……嘉暎子さん、すごい……。」

「喉には自信あるんです。昔っから。」

嘉暎子はそう言って、また自分のお稽古に戻った。


「……高い声でもいいんですね。」

あけりがそう尋ねると、徳丸親子は揃ってうなずいた。


「自分の一番大きな声が出る高さで、出してみて。」

部長にそう言われて、あけりはさっきより高い声で叫んだ。


「あーーーーっ!!!」

「そう!その調子!」

パチパチと部長が手を打った。


「よし。じゃあ、そのままの声で、そー、そー、よし。……そ~れ~青陽のぉ春になれば~~~。」

徳丸は、あけりの声の高さに合わせて「鶴亀」の冒頭部を謡った。


「はい、濱口さんも。続けて謡って。」

部長にそう言われて、あけりは大きく息を吸った。

「そ~れ~せぇい~よぉの~~~~……」

そこまでしか謡えなかった。

大声を出すことに馴れてなかったからか……、あけりは咽(む)せた。

ゴホッゴホッゴホッゴホッ……。

あけりは、背中を丸めて、うつむいて、何度か咳をした。

「あらららら。大丈夫?」

部長があけりの背中をさすってくれた。

そして、部長は小さな悲鳴をあげた。
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