君への轍
「濱口!」

顧問の徳丸が駆け寄ってきた。

あけりは咳をしながら顔を上げた。

「……すみません……血……」

口元を押さえたあけりの指の隙間から、赤い鮮血が流れ落ちる。

「わ!え!?ティッシュ!ティッシュ!」

部長が周囲を見渡すと、嘉暎子が慌ててポケットティッシュを差し出した。

「使ってください!」

「……ありがと。……あの……大丈夫です……。」

あけりはティッシュを受け取って、口元に宛がうと、そのまましばらくうつむいてジッとしていた。

むずむずと肺が痒いような気がする。

荒い息で肩が上下している。

落ち着け……。

落ち着け……。

あけりは、口をすぼめてゆっくりゆっくりと息を吐き出して、荒ぶる肺を落ち着けようとした。

しばらくすると、呼吸が整ってきた。

口の中の血をティッシュに吐き出し、喉の奥から、それ以上血が上がって来ないことを確認してから、顔を上げた。


「……すみません……お騒がせしました。……肺から血が出たみたいですけど……、とりあえず、大丈夫です。」

「あけり先輩。コレ。使ってください。」

嘉暎子は、ウェットティッシュを差し出した。

「……ありがとう。」

あけりはウェットティッシュで、手の血を拭き取った。

「濱口……。病院、行ったほうが……。」

目の前で血を吐いたあけりをどうすればいいのか……徳丸はオロオロしていた。

「……たぶん、大丈夫です。呼吸できてますし。……とりあえず、止血剤飲んで様子みます。」

あけりはそう言って、自分のハンカチで唇を拭った。

「……でも……仕舞いだけじゃなく、謡いも……ダメみたいです……。」

淡々と、あけりはそう言った……つもりだった。

でも、押さえ込もうとした感情が、涙になって両目からポロポロとこぼれ落ちてしまった。

「濱口さん……。」

部長があけりの肩を抱き、背中をさすってくれた。


「……すまない。……無理させてしまった……。とにかく、ご両親に連絡して、送っていくよ。」

徳丸はそう言ったけれど、あけりはぶるぶると首を横に振った。

「大丈夫です。……よくあることですから。……心配させたくないので……言わないでください……。」

あけりは涙を拭きながらそう言った。


誰も、何も逆らえなかった
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