君への轍
あけりは一生懸命言葉をひねり出した。

「あの……逢いたいです。でも、無理なさらないでください。木曜日が前検日ですよね?」


金土日の3日間のレースが終わってから大垣で合流することになってるんだし……無理しなくても……。


そんな想いを伝えようとしたが、薫は逆に受け取ったようだ。

……いや……たぶん、無理矢理、都合のいいように、自分のペースに持ち込んだのだろう。


『あけりちゃん、火曜と木曜が部活やろ?じゃあ、水曜日!迎えに行くわ。』

部活の後だと家まで送るだけになってしまうけれど、それ以外の日なら3時間ほど一緒に居られる。

どうしてもあけりとの間に生じた目に見えない壁のようなものを取り壊してしまいたい。


珍しく薫は焦っていた。


「……わかりました。でも、ほんとに、無理なさらないでくださいね。」

あけりは念押しして、電話を切った。



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「……薫さんって……心配性?」

翌日、あけりは逢って早々、聡にそう尋ねた。


聡はキョトンとして……それから苦笑した。

「いや。むしろ鷹揚なヒト。……あけりさんにだけだと思うけど。」

「……ふうん。」


気恥ずかしくなって、あけりは話題を変えた。


「ね。聡くんはさ、横溝正史のなかで、どれが一番好き?」


唐突な質問に、聡は、あけりの動揺を推し測った。

……師匠、執着心見せすぎて、墓穴掘ったのかな?

聡は、ちょっと考えるふりをしてから、答えた。

「そうだな……。『鬼火』かな。……知ってる?」

「?……知らない。金田一シリーズじゃなくて……、時代小説?」


まだ、あけりは読んでないらしい。


「いや。横溝が肺病の療養後に書いた……んー、ミステリーというよりは、幻想小説かな。」

「肺病……。」


まさに、今朝まで肺の症状で寝込んでいたあけりは、ドキッとした。


「うん。人間のありとあらゆる醜いマイナス感情をねちっこく書いてるのに妙に耽美というか……圧巻だよ。」

「……どんな話?」

「従兄弟同士の葛藤。画家としての才能とか、女の奪い合いとか……まあ、見事にドロドロのエログロ作品。」
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